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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年8月

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2016.8.2 火曜日 サキの日記 ヨギナミの誕生日

 今日、平岸ママは早起きしてバースデーケーキを作り、ローストビーフを切り、サラダや肉料理をせっせと保存容器に詰めていたようだ。私が朝食に行ったとき、荷物はきれいにバスケットに入れられていた。


 市場では佐加がご機嫌で、口笛を吹いて軽くダンスしながら、玉ねぎを袋に詰めていた。例のやらしいおっさんが来て『楽しそうだな』と声をかけてきた。すると、


 今日友達の誕生日だぜイェーイ!


 と叫んだ。佐加、テンション高すぎ。私はそこで思い出した。あかねの誕生日に佐加は平岸家に来なかったなと。


 あかね、誕生日好きじゃないみたいなんだよね。

 なんでだろうね〜?

 自分が生まれた日だよ?


 自分が生まれた日だからじゃない?


 と私は思わず口に出してしまい、『どういう意味?』と聞かれた。でも上手く答えられなかった。仕事中なのでそれ以上の会話はなかったし、昼休みもプレゼントの話しかしなかった。でも私は、残りの作業中ずっと考えていた。


『自分の誕生日だから祝えないんだ』


 このフレーズがなぜかしっくり体になじむ。

 でも、なぜなんだろうと。




 夕方、待ち合わせのために平岸家に向かうと、


 私は行かないからね!

 不倫女の家なんか!


 怒鳴り声がしたかと思うと、あかねが外に飛び出して行った。平岸ママは、


 なんですかその失礼な言い方は!?


 同じくらい大きな声で怒鳴りながら追いかけて行った。あかねがヨギナミを嫌う理由はそれなのか。わからなくもないけど、ヨギナミの立場から見れば理不尽な気がする。


 運ぶの手伝うかい?


 平岸パパが料理の入ったバスケットをつかんで、場を和ませるために笑った。私と修平は、一日分にしては多すぎる料理の保存容器と、なぜか大量にある畑の野菜を、車の後ろに積みこんだ。


 こんだけあればしばらくは餓死しないね。


 車に乗るとき、後ろを見ながら修平が言った。積まれた荷物は、友達の誕生日というよりは、どこかのパーティー会場にケータリングに行くような外観になっていた。

 平岸ママはあかねと話すため『あとから行く』と言った。私達は先に出発した。小さな家の近くに車が停まると、中から佐加が出てきて、飛び跳ねながら両手を大きく振った。藤木もすぐ出てきて、車から荷物を降ろすのを手伝ってくれた。杉浦もいたけど、手伝う気はないらしい。床に座ってヨギナミと一緒に本を見ていた。よくわからないことを言いながら。たぶんまた夏目か太宰だろう。

 ヨギナミのお母さんは、淡いピンクのパジャマを着て、髪を三つ編みにして横に垂らし、ベッドの上に起き上がってテレビを見ていた。平岸パパがあいさつしてもちらっとこちらを見ただけで、無言でテレビに目を戻してしまった。具合が悪いのか、もともとこういう人なのかはよくわからなかった。ただ、元気がなくて、疲れていて、よそのお父さんと不倫が出来る人にはとても見えなかった。

 藤木が声をかけると、佐加とヨギナミ、杉浦が一斉にキッチンに行った。私も修平もついていった。第1グループの4人は仲が良くて、ヨギナミの家のこともよく知っているみたいだ。杉浦は迷うことなく棚からお皿を出して運ぶし、藤木はまたフライパンで白身魚のムニエルを作り始めた。佐加は平岸ママの料理を次々と開けて中身を確認し、つまみ食いしながら大皿に移して、テーブルに運んだ。私は何をしてよいかわからずヨギナミに聞いたら、人数足りてるから座っててと言われてしまった。修平はいつのまにかいなくなったと思ったら、ヨギナミのお母さんと話をしていた。声が小さく、内容までは聞こえなかった。

 丸い座卓はあっという間に料理でいっぱいになり、置けない分はキッチンのテーブルに積まれていた。平岸ママがやっと到着し、さあ始めましょう!と言いながら手を叩いた。佐加がケーキにろうそくを立て、杉浦が火をつけ、ヨギナミは何回かがんばって全部吹き消した。

 みんな楽しんでいた。

 ヨギナミのお母さん以外は。

 ヨギナミの隣に一応座ってはいたけれど、ろうそくの火が消えてみんながわーっと騒いだり拍手したりしても、お母さん一人だけ無反応。平岸ママが作った煮物と、藤木が作った白身魚のムニエルを少し口に入れて、あとはずっと無表情で黙ってる。佐加や平岸ママがいくら盛り上がっても、彼女のまわりだけがずっと時が止まったように、何も動いていない。異様なほど。

 私は迷った。声をかけた方がいいのか、それとも見ないふりをしていた方がいいのか。

 修平が彼女に『ケーキ食べないんですか?』と尋ねた。彼女は黙って首を横に振った。隣のヨギナミは母親の方はほとんど見ずに料理を口に運んでいた。今食べておかないと明日から飢える、そんな食べ方だった。きっとふだん、まともな食事をしていないに違いない。私は心配になってきた。佐加はヨギナミのお母さんの小皿に、勝手にローストビーフを入れた。彼女はそれをゆっくりと口に入れた。


 サキ、なに止まってんの?

 ケーキ食べなよ〜。

 いらないならうちが食っちゃうよ?


 佐加の目が私のケーキをロックオンしていたので、慌てて食べた。

 テーブル横に置いてあったペットボトルが空になり、杉浦が『温かい飲み物が欲しいね』と言ったので、ヨギナミが『お茶を入れてくるね』と言った。その時だった。



 もう嫌!!

 本当にあんたたちは勝手なんだから!!



 ヨギナミのお母さんが突然大声で叫んだかと思うと、立ち上がって、キッチンの奥へ行ってしまった。平岸ママが『失礼』と言いながら追いかけて行った。その場は静まり返った。


 たぶん、具合悪いんだよ。


 しばらくしてから、修平が言った。


 体調が良くなくて寝てたいのに、みんながまわりで楽しそうにしてたから腹が立ったんだよ。俺もう少し考えればよかった。病人の隣でパーティーやって騒いでたんだぜ俺たち。もっと別な場所でやればよかったんだよ。


 修平はそう言ってから、最後に残っていたローストビーフをつまんで口に入れた。私はそっとキッチンに行って様子を見た。


 何がおめでたいのよ。ふざけないでよ。

 あの子が生まれた日は不幸が始まった日なのよ?


 ヨギナミの母親が泣きながら言った。


 そんなこと言うもんじゃありません!


 平岸ママが叱るような声を上げた。

 私は、今のは聞かなかったことにしようと思い、食卓に戻って『まだ話し中です』と言った。藤木は使用済みの皿を片づけ始め、杉浦は本に手を伸ばそうとして佐加に叩かれ、ヨギナミは心ここにあらずって感じでサラダを橋でむやみに突っついて、口には運んでいなかった。

 私は自分の母に『私が生まれた時、どう思った?』と聞いてみたくなった。でも、怖いのでやめた。『どうして豚まんに似たの?』と真顔で言われても困るし。


 あ、そうだ。うち今日ここに泊まるからさ〜。


 佐加が言い出した。マジですか?あのお母さんと一晩過ごす気?と私は聞きたくなってしまった。何も言わなかったけど。


 平岸パパさ〜、明日ここに迎えに来てくんない?

 できれば市場まで連れてってほしいな〜なんて。


 もちろん平岸パパはOKした。今の空気で何を断れようか。私は『サキも泊まる?』とか佐加が言い出さないかびくびくしていた。幸い、何も言われなかった。

 気まずい時間が過ぎた後、平岸ママとヨギナミのお母さんが戻って来た。お母さんはすぐベッドに入ってこちらに背を向けてしまい、平岸ママは明るく振る舞ってたけど、さっきまでの楽しい時間は戻っては来なかった。


 去年はああまで頑なではなかったんだがなあ。


 帰り、家の外に出てから、杉浦が藤木に話していた。2人は迎えに来た杉浦のママの車で帰った。ヨギナミは私達を見送りに外に出てきて、何度も丁寧に『ありがとう』『ごめんね』を繰り返した。自分の誕生日なのに気が休まらなさそうで、見ていて辛くなってきた。


 俺、誕生日に入院してたこと何度もあるんすよ。

 正月もクリスマスも。


 帰りの車で修平が言った。


 みんな楽しそうに盛り上がるんですけど、俺は病気で寝てるんです。入院してて外出れないんです。一応病院の人とかママさんとか親父が来て祝おうとするんだけど、なんか違うんすよね。家にいるのと。ていうか俺あんま家でそういう行事迎えたことないから逆にわかんないんすけど。自分が苦しいときにまわりが楽しそうに盛り上がってるとムカつくんですよ。それで八つ当たりして、みんなが帰ってから虚しくなるんですよ。たぶんあの人もそうじゃないかと思うんです。


 修平は自分も体が弱いせいか、ヨギナミのお母さんをやたらにかばっていたけど、私は、いくら病気でも娘の誕生日にあんな態度なのはおかしいと思った。よっぽど望まない子供だったにしてもひどいと思う。

 そして、迫りくる自分の誕生日を思って憂鬱になった。きっと平岸家は勝手に盛り上がり、うちのバカがこの町に来てしまい(もうメールで予告されている)、今年は母も来るのだ。いつも私の誕生日を避けている母が。

 私も望まれない子供だったんだろうか。

 その考えは、一度出てくるとなかなか止まらなかった。そういえば、札幌のおばあちゃんからも遊びに来なさいとメールが来てたっけ。夏休み中に行こう。親よりはおばあちゃんと会うほうが楽だ。絶対歓迎してくれるから。

 私は所長にメールして、ヨギナミの家で起きたことを伝えた。それから寝ようとしたけど目が冴えてしまって、しばらくベッドの上でむやみに悩んでいた。全然眠くならないのでまたBBCの英語の音声をぼーっと聴いた。そういえば、杉浦がヨギナミにアマゾンのギフトカードをあげようとして、『ヨギナミはネット使えねえだろホソマユ』と怒られていた(平岸パパが現金と交換していた)。ヨギナミの携帯ってそんなに古い機種なんだろうか。今、この時代にネットが使えないのは、店で買い物できないのと同じで、死活問題だ。なんとかならないんだろうか。それともあそこ、もしかして、ネット使えない場所なのかな。



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