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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年7月

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436/1131

2016.7.31 1979年 札幌

 橋本旭は『立入禁止』という札のかかっているチェーンを飛び越えて、廃墟になっているビルの中に入っていった。

 ひび割れているコンクリートの階段を上がり、最上階の小部屋の窓を開けた。眼下には札幌の街が広がっている。彼を決して受け入れない、冷たい人々が暮らす街並みが。

 橋本は窓枠に足をかけ、身を乗り出した。


 今日で俺の人生は終わりだ。

 何もかもくだらない。


 空中に身を踊らせようとした、その時だった。


「やめろぉぉぉぉ!!」


 叫び声とともに、誰かに後ろから組みつかれて、橋本は部屋の床に落ちた。

「何してんだよぉ。危ないじゃないか!」

 起き上がって見ると、学ランの男が近くに四つんばいになっていた。見たことがない男だった。丸いような四角いような顔で、身が細く、異様に背が高い。

「お前誰だ?ここで何してる?」

 橋本は低い声で尋ねた。

「ここは立入禁止なのに、入って行くのが見えたからついてきたんだ」

 ノッポが弱そうな声を上げた。

「何してんだよぉ」

「俺の後をつけてきたのか!余計なことしやがって!」

 いまいましげに言ったあと、橋本はまた窓に向かって走り出した。

「ダメだってぇぇぇぇ!!」

 男が叫んだ。

 そのとたん、窓から不自然なまでの強風が吹きつけた。橋本は風に邪魔されて、前に進むことができなくなった。そのすきに、男が窓に近づいて閉め、鍵をかけた。なぜかこの強風は、この男には影響を与えていないようだった。

「おい」

 橋本は男に向かった。しかし、相手の背が高すぎて、かなり上を見ないと目が合わなかった。

「お前は誰だ、今の風は何だ?」

「え?いや、その……」

 男がまごついた。明らかに目が泳いでいる。図体がでかいわりに表情が幼い。

「聞こえねえのか?お前は誰だって言ってるんだよ!」

 橋本は苛立って怒鳴った。今日人生を終えるはずだったのに、こいつのせいで台無しだ。

「あ、俺は、新道隆」

 男は気まずそうに横に目をそらした。

「新道?聞いたことねえな」

「転校してきたばっかりなんだ」

「フン」

 どうでもよかった。

「もしかして、橋本?」

 新道が言うと、橋本はきつい目で彼をにらんだ。

「なんで俺の名前を知ってる?」

「あの、クラスの人が言ってたんだ。赤毛の奴がいるけど、学校にはあまり来ないって」

 髪の色。

 そう、これだ。橋本は生まれつき髪が赤茶色く、そのせいでまわりに目をつけられながら人生を送ってきた。当時の日本では、髪を染めている者はほぼ皆無で、黒くない髪の者は異端者扱いされていた。

「どうでもいいな。早く出てけよ」

 橋本は吐き捨てるように言った。しかし、

「いや、出ていけない」

 新道は目を伏せながらつぶやいた。

「何だと?」

「出てったら、橋本、また飛び降りようとするんだろ?だから俺は出ていけない。止めなきゃいけないから」

 新道は悲しげな顔で床のあたりを見つめていた。邪魔だ。うっとおしい。帰れ。そんな言葉が橋本の脳裏に次々と浮かんだが、それらが口から発されることはなかった。なぜか、そういった言葉は、この男には合わないと思った。


「お前、おれん家に来いよ」


 気がつくと、橋本はそう言っていた。そして、自分が発した言葉に驚いたかのように顔をそむけ、小部屋の出口に向かって歩き出した。新道もついてきた。

 ビルの入り口まで戻って来たとき、

「シンちゃ〜ん!」

 そこには根岸菜穂がいて、両手を細い腰に当て、かわいらしい顔で怒っていた。

「ここは立入禁止です!!」

「あ、ご、ごめん!あのさ、ちょっと気になることがあって」

 新道が慌てて弁解を始めた。菜穂は橋本に気づき、目を見開いた。

「橋本くん?なんでここにいるの?学校は?」

 まためんどくさいのが現れた。橋本は顔をしかめながら新道に近づき、背伸びをして胸ぐらをつかんだ。

「てめぇ、こんなところに女の子を連れてくるんじゃねえよ!」

「えっ?いや!違う!違うんだって!」

「女の子の何がいけないの?ナホも仲間に入れてよ!」

 菜穂が橋本をにらんで叫んだ。

 なぜだ、なぜこうなるんだ。

 橋本はうめきながら新道を突き飛ばすと、チェーンを飛び越えて走って逃げてしまった。

「あ!待って!待てってば!」

 新道が慌てて追いかけていき、もちろん菜穂もついていった。


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