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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2015年10月

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2015.10.11 札幌市内

 マンションの窓。

 白い壁に写し出されるスクリーンのような景色。


 空は雲に覆われ、雨の音が室内まで聞こえる。降ったりやんだりと落ち着きのない天気だ。風景もいつもより薄く、ぼんやりと霞んで見える。しかし、雲の切れ間から青空が覗いている。このまま回復するといいのだが。


 また窓の外見てるな。


 久しぶりに会った同期生が笑う。真っ当な職につき、奥さんと子供がいる。今日は出かけているらしく姿は見えないが、壁に幼稚園のお知らせや写真が貼ってある。


 いつでもどこでも。よく飽きないね。田舎に住んでるんだからいつだって空は見れるんじゃないの。



 違うよ。


 久方はそう言う代わりに、黙ったまま薄く笑った。


 なぜ窓の外を見るのか、なぜ空ばかり見ているのかと聞かれるたびに思っていた。

 なぜあなたは見ないんですか?

 彼らはきっと『窓』という決まりきった同じものを自分が毎日見ていると思っているのだろう。

 空は毎日変わっていく。

 季節が変われば、景色だって変わっていく。

 雲の形も、光の加減も。

 草木や、その下にいる生き物も。

 なぜみんな気づかないのだろう。



 仕事だって気象予報のほうが合ってるんじゃない?生きたものより無生物のほうが似合ってる。人にも興味ないよね。



 人に興味がない?

 冗談だろう、と久方は思ったが、やはり肝心なときに声が出ない。自分ほど人間について思い悩んでいる人間がいるとは思えないのだが。ただし『よく理解できない』という意味で、ではあるが。



 こないだも来なかっただろう。みんなわざわざ来日して『創は元気?』『まだ生きてる?』って聞いてたよ。窓辺に立ってた姿をみんな覚えてる。不思議系だから記憶に焼きついてるんだな。



 本人は何のことだかよくわからなかった。

 人が自分に注目する理由もわからない。

 そんなに僕は変なのか?

 それとも、『もう一人』の話なのか?








 一瞬、視界がぐらついた。


 思い出してはいけない。

 久方は目をきつく閉じて頭を軽く振った。


 相手はそんな同期を見て、何を考えているか見当違いな予想をし、言いにくそうにためらいながら、


 夏に旅行でフランスに行ったときに、会ったよ。


 と小声で言った。



 名前をわざと言わない所を見ると、気を使っているらしい。すでに久方の顔は真っ青なのだが。



 休暇で帰ってきてたらしくて、元気そうだった。お前が北海道にいるって、奥さんがうっかり町の名前まで喋っちゃったんだけど、まずかった?



 別に構わない。


 できるだけ平静に答えたが、相手の顔を直視することができなかった。



 僕がどこにいるか、知ってるのか。



 同期生の家を出て別な知り合いの所へ向かう間、そのことだけが頭の中をぐるぐると回っていた。もう二度とあんな思いはしたくない。また似たようなことになったら今度こそ気が狂うかもしれない。今だって自分が正常とはとても思えないのに……。

 本当はすぐにでも帰宅したかったのだが、知り合いには『どうしても見せたいものがある』と言われているし、自分に会いたがる友人は本当に少ないので、今さら断るのは気が引けた。


 どうして、こんなことになったのか。

 理由があれば知りたいが、何度考えても同じだ。

 自分が悪いのだ。



 空の色が変わり始めていた。夕日の美しさはどこにいても変わらないが、建物の四角く白い、あるいは茶色との組み合わせが、どこか光を鈍くしているように思えた。自分の感覚が鈍っているだけかもしれない。やはり自分は人に会うのが苦手のようだ。実際、自分を覚えているとかいう同期たちとは、全く話した記憶がなかった。

 みんな、まるで別な人間の話をしているかのようだ。




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