表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年7月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

428/1131

2016.7.26 火曜日 研究所

 昼過ぎ。


 夜中に奈々子さんが出てきたんですよ!


 早紀は来るなり叫んだ。興奮で顔を赤くしながら。



 しかも『結城に近づくな』って言ったんです!


 タイミング悪く、助手:結城はソファーでテレビを見ていた。早紀が叫ぶのを聞くと、けげんそうな顔で彼女の方を向いた。今こそ聞く時だ。久方は結城をにらんだ。


 どういう意味か、心当たりあるだろ?結城。


 久方は強い口調で言った。


 何の話だ?


 結城はやる気のない様子で頭をかいた。久方と早紀は、交互に、奈々子の幽霊が出てきたことや、高谷修平から聞いた話を説明した。


 みんな揃って何を言ってるんだか意味わかんねえって。

 幽霊なんかいるわけないだろ?


 結城はあくまで信じない、見えないと言い張り、また2階へ上がってしまった。そして、嫌味のようにテンペストを弾き始めた。


 昔からあんな感じなんだ。

 僕のことも二重人格って言うし。


 久方は不満を込めてつぶやいた。そして、辛そうな様子の早紀を慰めたいと思い、ポット君にコーヒーを頼み、自分はビスケットを取りに地下へ行った。ちょうどイギリスのものが届いたところだった。

 久方が戻ると、早紀はスマホを見ていた。


 修平に今の結城さんの様子を伝えてみました。

 明らかに知らないふりだそうです。

 奈々子さんと修二と結城さんは3人で音楽活動をしていたそうです。なぜ隠すんだと思います?

 やっぱり何かあったんでしょうか?


 その『何か』には自分が絡んでいるだろうと久方は思ったが、できれば早紀にはそのことを考えてほしくないとも思った。


 所長、昔流行ったアーティストで、髪の短い、西洋風の真面目な、おとなしそうな人を知りませんか?


 西洋の女性アーティストなんて星の数ほどいるよ。


 ですよね。私もかなりググったんですけど、見つけられませんでした。


 早紀が言うには、佐加の部屋にあったケイティ・ペリーの顔が、奈々子に会ったあと、別な女性の顔に見えたという。久方も探してみたが、早紀が言ったようなありきたりな特徴では、見つけるのは難しかった。

 

 なんでこんなことが起きてるんでしょうねぇ。


 早紀は疲れた様子で頬杖をつきながら、ビスケットをかじった。いろいろなことが気になって、食べることに集中できていないようだ。

 テンペストは終わり、ピアノは聴いたことがない現代風の曲に移っていった。


 そうだ、明日からバイトなんですよ。人生初です。


 早紀は急に元気になって背筋を伸ばした。

 人生初。いい響きだ。

 言ったのが早紀だからだろうか。

 久方は思わず微笑んだ。


 たぶん2日分はヨギナミの旅行代になるので、残りが入ったら何に使おうか考えてるんですけど、たぶん本代に消えると思います。最近ネットで古本を探すようになったんですけど、本より送料のほうが高かったりしますよね。電子書籍が一番早いですけど高くつくし。


 早紀がまだ手に入れていない『人生初給料』の使い道をいろいろ考えている間、久方は背後に『別人』の気配を感じていた。何か話したそうにしている。たぶん、早紀と。でも、久方はそれを全力で拒んだ。

 早紀だけはこいつに渡したくない。

 他を失っても、早紀だけは。


 今は、奈々子さんの気配はしない?


 久方は聞いてみた。早紀は首を横に振った。

 良かった。とりあえずまだ存在を脅かされてはいない。

 でも、この先はわからない。

 それから早紀は、佐加の誕生日にヨギナミが来なかったという話をした。どうも、平岸あかねがヨギナミを嫌っていて、ヨギナミは気を使って来なかったのではないかとのこと。

 一通りしゃべってから、早紀は帰っていった。久方はまだ『別人』の気配を背後に感じていたが、さっきとは力の方向が変わっていた。


 わかるよ。


 久方はいまいましげに言った。


 ヨギナミが気になるんだな?心配なんだな?

 僕だって心配だ。


 すると、声が返ってきた。


 お前、

 今、俺に話しかけたのか?


 驚いているようだった。声には、いつもにはないブレがあった。


 そうだよ。でも、今はそんな話はどうでもいい。

 サキ君にとりついてる子が何者か教えろ。


 久方は『別人』に向かって命令した。しかし、声は返事をしなかった。それどころか、気配すら消えてしまった。

 部屋には今、久方しか存在していなかった。


 なんだ?

 どういうことだ?

 自分から引くなんて。

 話したくないのか?


 久方は戸惑った。返事が返ってこないことよりも、自分のほうが奴より強いことがあるという、その事実に深く驚いていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ