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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年7月

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2016.7.25 月曜日 サキの日記 佐加の誕生日

 私は海辺にいた。佐加がそうするように私に勧めたのだ。漁船と海の匂い。波の音。座って目を閉じていると、それらが私の体に染み込んでくるようだ。

 浜の佐加家は、港町の商店街の端にあった。『テーラー佐加』という文字が、色あせた壁にうっすらと残り、かつての店の名残を思わせる。

 そう、名残だ。

 今そこは……コスプレ生産工場と化していた。


 夏休みじゃん。イベント多いしさ〜、今うちすっげ〜忙しいんだよね。あ、あかね、頼んでたやつもう出来てるから試着しなよ。まだパーティーは準備中だから、海辺を散歩してみね?気持ちいいよ。


 まさか佐加に散歩を勧められるとは思わなかったし、パーティーの準備に私が入れないのもなぜなのかわからなかった。でも言われた通りにした。

 ヨギナミが来ないのも変だ。


 急にバイトが入っちゃったの。

 プレゼントは渡しておいてね。


 というメールが朝の8時に来た。怪しいと思った。ヨギナミが来ないなんて、佐加がキレるに違いないと思った。なのに、気にしてる様子もない。なんだかすっきりしない。それで海を見てこいと言われたのかもしれない。

 今日は適度に雲がある晴れで、海は穏やかに息をしていた。多少の疑問や矛盾は吸い込んでくれそうな波の音、深い蒼。


 おんや、お嬢ちゃん。

 こんなとこで何してんだ、観光かい?


 日焼けしたおじいさんが話しかけてきた。佐加の友達ですと言ったら、


 あぁ〜美月ちゃんか。じゃあ秋倉の人か。


 めんどくさいので『はい、そうです』と言ってしまった。おじいさんは、秋に開催される、浜町と秋倉が合同でやる祭りの話をした。それから、なんとなく歩き去った。


 所長に海の写真を送ってから、私は佐加の家に戻ってみた。隣には藤木の家があって、そこは古びた理髪店だった。赤青白のぐるぐるが、人のいない道で回っている。商店街のシャッターは7割は落ちていて、営業しているのはこの2件くらいだった。

 パーティーには藤木と、佐加によると『義理で杉浦も呼ぶんだよね。同じグループだし』と。第2グループは呼ばれてないらしい。うちのグループも女子だけ。そのへんの線引きというか判断基準はどうなってるんだろう。微妙だ。


 やあ!君も来ていたのかね!


 ちょうど杉浦が来た所だった。

 その変な話し方なんとかならんのかね。

 杉浦は佐加のご両親に慇懃無礼な挨拶を挨拶をしてから、手伝おうと言って佐加に近づき、箸とフォークを並べ始めた。どこに何があるか、なんとなくわかってるっぽい。藤木は初めからキッチンで何か作っている。ここの子ですか?と言いたいぐらい馴染んでる。

 やっぱり第1グループって仲いいんだと思った。だからなおさら、ヨギナミがいないのは引っかかる。藤木も杉浦もそのことについては何も言わない。変だ。

 私は何をしていいかわからず、コスプレを作っている佐加の親たちを眺めていた。仕事場には工業用ミシンが何台かと、てかてかした無地の布や太い巻糸がたくさん入った箱が並ぶ棚、大きな巻布が並んでいる金属ラックがあった。お母さんが少女向けアニメの衣装にキラキラストーンを縫い付け、お父さんはメジャーを持って、出来上がった衣装を点検していた。奥の方に従業員なのか、おばさんが2人いて、熱心に図案らしきものを書いていた。


 これ、どう?


 あかねが、試着スペースのカーテンをさっと引いて現れた。猫耳としっぽをつけて、よくわからないリボンの線が入ったミニのワンピースを着ていた。夏のイベントは、この格好でやばい同人誌を売るのだ。私は作り笑いを浮かべながら『そのイベントに巻き込まれませんように』と心で祈った。あかねは、パーティーの間ずっとその衣装を着ていた。


 藤木が『よーし!出来た!出来ましたよ!』と叫んだので、やっとパーティーが始まった。猫耳なあかねがキッチンからろうそくのついたケーキを運んできて、みんなでハッピーバースデーを歌い、佐加は17本のろうそくをほぼ一息で吹き消した。藤木のご両親と妹さん(いるの今日初めて知った)がいつの間にか加わって拍手をしていた。藤木のお父さんは藤木と全く同じ顔をしていた。年をとったらこうなるんだろうなという見本みたいだ。背が高いのも同じだ。

 本当に、海外のドラマとかでよく見るような誕生日の光景。あかねの時と違うのは、佐加本人が一番嬉しそうだということだ。あかねも、自分の誕生日は自ら機嫌悪く振る舞って台無しにしたくせに、人の誕生日は楽しそうに進んで祝う。

 私は、その場にいるのに、遠くからみんなを眺めているような気分になった。こういう場面に、私は、現実で見覚えがなかった。私の誕生日はいつも、バカとその仲間たちが祝い、母や友達はそこにいなかった。

 いや、そんなこと考えても楽しくない。やめよう。

 私はヨギナミと一緒に買った布地を佐加に渡した。


 うわ!これ高いやつじゃね?マジ?

 これヨギナミが買ったの?大変なのに?


 私と2人で半々ずつ出したと言ったら、『ありがと〜!』と言いながら抱きついてきた。こういうときの佐加はめっちゃかわいい。あかねはシルバーのペンダント、藤木はマフラー(『季節間違ってね?』と言いながらも、佐加は嬉しそうに首に巻いていた)、杉浦はもちろんアマゾンのギフトカード。

 食事しながら、浜の地元ネタとか、仲良しの第1グループの昔の話で盛り上がったりして楽しかったけど、私はやっぱりヨギナミの不在が気になった。料理の写真でも送ってみようかと思ったけど、きっとバイト中だし、そういうのは佐加に任せたほうがいいような気がする。

 あかねがニャ〜と言いながら佐加にからみつき、みんなが騒ぎ、私はバカっぽくも楽しそうな2人の写真を撮った。あとでヨギナミに見せようと思いながら。


 酒飲む歳でもないのに酔っぱらいみてえだな、

 お前たちは。


 藤木の父親が言った。藤木が最近、とうとうスマホを手に入れたと知った佐加は、無理やり取り上げて勝手に設定を変えていた。藤木は嫌がっていた。


 その夜、ヨギナミが言っていた通り、あかねと私は佐加の家に泊まった。佐加は大きなダブルベッドを1人で使っていて、そこに3人で寝ると言われた。この2人が夜通し一緒で、眠れるわけがないと思った。

 2人はパジャマに着替えてからもずっと、私の苦手なファッションやセレブの話をしていた。私は時々うなずいて聞くふりをしながら、今ごろ所長はどうしているかなとか、結城さんと奈々子さんの関係はどうなっているんだろうとか、さっきのチキンボーンの残りを今食べちゃダメかなとか、とにかく関係ないことを考えていた。佐加はテイラー・スウィフトのコスメの話をし、あかねは、どこかの王子様が妄想を刺激するとか言っていた(ような気がする)。


 ねえ、なんでヨギナミは来ないの?


 話が途切れた時に、私は思い切って聞いてみた。


 どうせバイトでしょ?


 あかねがどうでもよさそうに言った。


 こんな日まで行くことないと思わない?あの子、スマホも持ってないのよ?家に電話ないのに。今どきスマホなんていくらでも安く契約できるでしょうに。バイト先の古臭い携帯なんかわざとらしく借りちゃってさ。

 貧乏ぶってんのよ。本当に困ってるんじゃないのよ。

 バカバカしい。


 それを聞いた佐加が怒り出した。


 ちょっとあかね!

 いくらあんたでも、ヨギナミの悪口は許さないよ!

 あそこん家マジで大変なんだからね!


 佐加がかなり大きな声で言った。


 あ〜、わかりました。はいはい。


 あかねはやっぱりどうでもよさそうに言った。


 誕生日にこんなつまんない話やめましょ?


 2人が黙ってしまった。私は、この話題を出したことを後悔しながら『もう寝ない?』と言った。私達はベッドに入り、佐加が明かりを消した。



 そのあと、あの子が現れた。


 佐加とあかねは不思議なほどすぐ眠ってしまった。私は一人眠れずに天井を見ていた。そこには、ケイティ・ペリーの切り抜きが貼ってあった。暗闇で見るとものすごく怖い。私はそのケイティを見ながら、ヨギナミが来ないのはあかねのせいだと思った。

 あかねとヨギナミ、仲悪いんだ。

 どうして私は気づかなかったんだろう。昼休み、ずっと一緒にお弁当食べてたのに。

 考えていたとき、部屋の中で何かが光り始めた。

 私は2人を起こさないように、ゆっくりと身を起こした。


 女の子が、部屋の真ん中に立っていた。


 全身がうっすらと青白く光っていて、紺色っぽい、丈の長いジャケットを着て、灰色のスカートをはいている。髪は黒くて長い。目は少し細めで、口が小さい。

 その子は、私をじっと見つめていた。表情はなかった。

 目が合った。目が離せなかった。


 あなたが奈々子さん?


 私は心の中で尋ねた。口はきけなくなっていた。


 そう。


 という返事が頭に響いた。

 私は何か尋ねようと思った。だけど、



 結城には近づかないほうがいいよ。



 という声と同時に、奈々子さんの姿は消えてしまった。

 私は明かりをつけて部屋を確かめたいと思った。でも、あかねも佐加も寝ているし、諦めてベッドの中にもぐった。隣の佐加がちょっとだけ動いて、声にならないうめきをもらした。私は天井のケイティを見た。なぜかそれはケイティではなく、知らない女の顔になっていた。髪が短くて、目元のメイクがくっきりしていて、落ち着いた雰囲気の西洋の女性の顔。

 これはきっと、奈々子さんの記憶だ。

 私はなぜか確信した。彼女も、好きなアーティストの写真を部屋に飾っていたに違いない。そしてそれは、時代が違うからケイティではない。別な、昔のアーティストだ。

 結城さんに近づくなと言われたのが気になった。なぜ?やっぱり好きだから?私に取られたくないから?結城さんは彼女をどう思っていたんだろう?

 やっぱり本人に聞かなきゃいけない。

 でも、少し怖い。

 私は眠れず、なんだかわからないアーティストを見つめながら一晩過ごした。


 先に起きたのはあかねだった。あかねは大きく伸びをし、またあの猫耳コスプレに着替えると、ニャ〜と言いながら佐加に襲いかかった。2人の乱闘に巻き込まれ、しまいにはあかねと一緒にベッドから落とされた。今も肩が痛い。

 佐加の家族と一緒に、ごはん、味噌汁、きゅうりの漬物、焼いたアジという健全な日本の朝ごはんをいただいてから、私は平岸家に帰った。帰ってすぐ眠ってしまった。今は26日の昼。これから研究所に行ってみる。






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