2016.7.23 土曜日 サキの日記
夏休み最初の日ということで、平岸家の3人と私、修平は、一緒に出かけることになった。いつものショッピングモールではなく、近くの町の観光地。小さくてかわいい雑貨屋さんと、美味しそうなパンケーキとかアイスが売っている通りがあって、小さな町の、何もない場所のはずれにあるのに、人が多い。ほとんどの飲食店には行列ができていた。
思ったより混んでるなあ。
平岸パパがアイスの列に並びながらつぶやいた。空は雲ひとつない晴れ。こんな日は誰だって出かけたくなるだろう。
20分ほど並んで珍しい味のアイスを堪能した後、私はあかねと雑貨を見に行き、ネコ型のアクセサリーホルダーを見つけて、さんざん迷った末に買った。でも、これに似合うアクセサリーを持っていないことに気づいた。それから、別な場所にあるアクセサリーショップに行った。地元の作家が作っている、ガラスや木でできたアクセサリーが並んでいた。木目を生かした花の形のリングがあったので買った。自分でつけるためではなく、小さなネコと一緒に飾るために。
あんた、お金の使い方おかしくない?
あかねに皮肉られた。あかねはお小遣いを減らしたくない(マンガに使いたいそうだ)ので、店内をさんざん見ても買い物はしなかった。私は少しだけ後ろめたい気分になりながら、買ったものをバッグに隠した。
平岸ママは、野菜の直売所を、時間をかけて熱心に見て回っていた。ここに来ないと手に入らないものがたくさんあるそうだ。売り場のおばさんが、瓜の切ったのを試食しなさいと言って私にくれた。味の薄いメロンみたいな味がした。
何もない道を延々と走ると、急に観光地が現れて、人がたくさんいて驚く……というのが、北海道のパターンのような気がする。でも、観光地はいかにも観光地らしい店や施設で固まっていて、地元の人の暮らしがよく見えない。
町によっては観光用どころか、地元の人のための店もなかったりするからなあ。一番近くの店が20キロ先のセコマとか、イオンモールまで100キロ走るとか、距離の感覚が内地とは違うんだなあ。前に札幌に来た観光客が、タクシーに『函館まで』って言ったっていう笑い話があったなあ。札幌から函館までは4、5時間かかるんだよ。ほとんど他の県みたいなもんだな。タクシー代が恐ろしいことになるよ。
内地というのは、本州のこと。平岸パパは車内でそんなことをしゃべり続けていた。話を聞いていたのはたぶん私だけ。あかねと修平は爆睡してたし、平岸ママはスマホで、近場のお買い物スポットを延々と探し続けていた。
昼をだいぶ過ぎてから、平岸ママが見つけ出したレストランに入った。やっぱり、何もない道の向こうにぽつんと建っていて、中には人がたくさんいる。私達はここでも30分くらい待った。あかねはずっとスマホをいじっていて、修平は何もしてないのに疲れてぐったりしているようだった。
地元産の牛肉で作るステーキとハンバーグを売りにしている店で、ガラスケースに大きな肉の塊が入っていた。メニューはどれも価格が三千円以上した。観光客用だ。平岸パパは何も気にしていない様子で三千円のステーキを注文し、平岸ママもあかねも同じものを選んでいた。修平は、食欲がないと言いながらやっぱり同じものを頼んだ。カッパのくせに、価格が気にならないらしい。私も流されてやっぱり同じものを頼んでしまった。しかし『三千円✕5人分で本が何冊買えるか』ばかり考えて落ち着かなくなった。平岸家のお金の使い方だって、私よりおかしい。
高いだけあってステーキはめっちゃ美味だった。肉汁が違った。厚さも。だけど、店内を忙しく動き回る店員さんを見ていたら、ヨギナミを思い出してしまった。たぶん今日もバイトしているはずだ。ヨギナミをここに連れて来たかった。そう口にしてみたら、平岸パパが笑い、あかねは嫌な顔をした。
私は店で売られているサラミを、所長とヨギナミのお土産に買った。またあかねが、
やっぱり無駄遣いしてない?
と私に言った。
三千円のステーキを食べた人に言われたくない。
平岸ママはまだまだ観光したかったようだけど、あかねが『もう帰る!』とうるさく繰り返し、修平の顔色も良くなかったので、3時過ぎには平岸家に戻っていた。あかねと修平は部屋に帰り、私は平岸夫妻と一緒に、買ってきたスイカを食べた。
そうだ、二宮さんの好きな食べ物を教えてくれない?
来る前に作っておきたいから。
と平岸ママが言った。母の好きなもの。自分が出演するスプラッタ劇場以外に何かあっただろうか。なかなか出てこなかった。でも前にバカが『俺の寿司全部食われた』と言っていたのを思い出した。平岸ママはその答えが不満だったようだ。自分で作れるものとは違っていたからだろう。平岸パパは、
久しぶりに『うおいち』さんに出前するかあ。
と楽しそうに言った。




