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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年7月

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2016.7.20 水曜日 サキの日記 河合先生との面談

 河合先生との進路面談があった。学校祭の、雨で延期されていた花火が、今日やっと打ち上げできることになった。なので、夕方までの時間を使って一人30分ずつ面談。つまり、順番が後になればなるほど待ち時間が長くなる。


 最後ォー!俺最後ォー!!


 くじを引いた奈良崎が絶叫した。


 いいじゃないの。

 どうせ花火を見に最後まで残るのですからね。


 とスマコンに言われていた。


 私はちょうど真ん中くらい、12人中7番目だった。教室には、何かを待たなければいけない人たちが出す、だるいオーラが漂っていた。修平は伊藤ちゃんが読んでいる文庫本の題名を知りたがったが、伊藤ちゃんは相手にしたくないようだった。本には、紺地に白い糸で十字架が刺繍されたブックカバーがかかっていた。高条はずっとスマホで何かやっているし、あかねは表紙がヤバいBLマンガ雑誌を堂々と広げ『近寄ったら殺す』という雰囲気だった。ヨギナミは太宰治の『人間失格』を読んでいて、杉浦が内容について余計なネタばらしをしていた。保坂はヘッドホンをしてフンフン言いながら、ノートパソコンに何かを打ち込んでいた。画面ちらっと見たら、楽譜だった。

 私は一応家から洋書を持って来ていたんだけど、なんとなく読む気がしなくて、教室の中の様子と、外の果てしない草原の景色を交互に眺めながら考え事をしていた。

 もうすぐ夏休みだ。

 つまり、去年初めて秋倉町に来てから、ちょうど1年になる。始めは、一面草ばっかりの場所で行く所もなくて暇だった。所長に会ってからだ。いろんなことが起こりだしたのは。あの時はまだいじめ問題とかで頭がぐちゃぐちゃだった。来る前には、米津玄師の『シンデレラグレイ』を一曲リピートしながら悪い場面を延々と思い出して一日中泣いたり叫んだりして過ごし、無理やり病院に連れて行かれたりしたっけ。今思うと、あの時の私は存在自体がカオス化していた。今はそんなことしない。


 自分の番が来た。

 

 もうだいぶクラスにも慣れただろう。

 どうだ?この変人だらけの町は。


 河合先生に最初に聞かれたのはこれだった。


 いや、思ったより普通にいい人が多いですよね。


 おっ、まだ変人の町の怖さを知らないな?


 河合先生は奇妙な笑い方をした。それから、大学に行きたいけどまだ行き先は決まってない、今のところ、東京には戻りたくないと伝えた。特に変わったことは聞かれなかった。ただ。


 久方さんの所にはよく行くの?


 と聞かれた。はいと答えた。


 行って何してるの?


 私は正直に、今までのいろんなことを話した。いかに所長が自然と散歩と音楽が好きで、人が多い所と助手のピアノが嫌いかも説明した。


 その人は何だか、純粋すぎる子供のように聞こえるな。


 先生もそう思いますか。


 うん。思う。


 私、そこが少し心配なんですよね。


 よその人の心配より、自分の進路を考えてほしいんだけどな。でもなあ、確かにその人は、純真すぎて人間社会からあぶれている感じがするなあ。

 また何かあったら教えてくれや。


 それで面談は終わった。とりあえず『所長に会うな』みたいなことは言われなかったから良かった。

 あかねは自分の面談が終わるとすぐに帰っていった。その後、他にも何人か帰り、第2グループの4人と、高条、佐加、藤木、私が残った。第2グループは花見のようにお弁当やお菓子を用意していた。早く言ってくれれば私も何か持って来たのに……と思ってたら、佐加が浜の昆布菓子をくれた。何かが違うと思ったけどまあいい。


 夕方七時。私達は外に出た。業者が打ち上げの準備を進め、町の人が学校に集まって来ていた。

 その中に、意外な人がいた。

 

 結城さんだ。



 花火は嫌いじゃないんでね。



 私を見つけると、結城さんは言い訳のように言って、口元だけで笑った。薄暗い校庭にいても、結城さんはやっぱり目立っていて、風景から浮き上がって見えていた。

 花火が上がり始めた。町の人が一斉に騒ぎ出し、スマホを空に向けた。私は、花火を見ている結城さんだけをじっと、ずっと見ていた。今まで見たことのない表情をしていた。安らいでいるような、戸惑っているような。


 新橋、その人誰?


 高条が聞いてきた。結城さん、と答えた。私は結城さんから目が離せなかった。しかし、佐加に体当りされて我に返った。


 弁当食おうぜ〜!


 佐加に引っ張られて行った先には、会ったことのない口髭のおじさんと、パーマがくるくるしすぎているおばさんがいて、シートの上にお弁当を広げていた。佐加のご両親だった。私は浜町の佐加一家と一緒に花火を見ることになり、結城さんの姿は見失ってしまった。

 隣には藤木の両親もいた。他にも、シートを広げて何かを飲んだり食ったりしている町民が目立つ。なんで花火が花見になってるんだろう?

 

 めったに見らんないのよォ。

 浜じゃこういうことないしねェ。


 抑揚に癖のある佐加のお母さんが、歯を見せて笑った。花火のせいでその歯は虹色に光り、サイケデリック感を醸し出していた。佐加は藤木の隣に座り、なんと、藤木にもたれながら花火を見ていた。そしてず〜っと無言で動かない。もはや恋人同士にしか見えなかった。どちらの両親も気にしている様子がない。

 あれ?この2人、付き合ってたっけ?しかも親公認?

 私は少し混乱した。そして、夏休みに自分の母親が来ることを思い出した。

 そうだった。どうしよう。あの妙子が、娘の好きな人があんなに年上だって知ったら、何をしでかすかわかったもんじゃない。


 私は、サイコホラー妙子が結城さんに襲いかかる場面を何通りも妄想して、今、1人で闇に震えている。

 どうしよう、本気で殺しに来かねない。

 そんな気がする。



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