2015.10.11 研究所
秋倉町の町外れにある廃墟の窓を、高谷修平は熱心に覗いていた。人はいないようだ。中には古びたテーブルとキャビネットが見えるだけで、動くものの気配はない。
「久方さんは明日までいないと、きのう平岸のお嬢さんに聞きましたよね?」
後ろで『先生』が苦々しい顔をしている。
「タイミング悪いよなあ」
修平は今日の午後には帰らなければいけない。親から外出の許可が一泊しか出なかったからだ。しかも場所は遠く離れた北海道。一人では心配だし、故郷だからついてくるという道産子の母親を説得するのは大変だった。観光が目的ではないし、あの華やかな母が一緒では、こんな小さな町に来るのはまず不可能だ。
それに、厳密に言うと、自分は一人ではない。
まわりを一周してみたが、建物には本当に誰もいないようだ。
このまま何もわからずに帰るのは悔しい。どうしても聞き出したいことがあったのに。
「だから人の家を覗くのはもうやめなさいって」
「あーハイハイ」
『先生』の真っ当すぎる注意を軽く流した修平は、後ろから近づいてくる足跡に気づいて振り返った。
金髪にメガネの男が、冷たい視線をこちらに向けていた。草原へ続く道の真ん中に立っている姿はかなり威圧的だ。
修平は彼を知っていた。
「何の用だ」
きつい目が修平を睨みつけながら近づいてきた。
「さっきから何を一人で喋ってる」
「結城さんですよね〜?」
修平はおどけた声で言いながらわざと意地悪く笑った。後ろでは『先生』が下を向いて頭を抱えているが、結城には見えていない。
「なんで俺を知ってるんだ」
結城があからさまに不愉快な顔をした。修平はそれを見て、自分が持っている情報が正しいことを確信した。
「いろいろ噂を聞いたんでー。いいですねー楽しそうな田舎暮らし…」
修平は軽い緊張とともに結城の横を通りすぎながら、小声でこう付け足した。
「札幌で起きたことは忘れて!」
修平は振り返らなかったが、後ろにいる人物がこちらを凝視しているのを感じた。かなりの憎悪とともに。
「なまら怖い顔してましたよ。あんな挑発するような言い方はよくないですよ」
後ろから聞こえる『先生』の声はかなり慌てていた。林を抜け、草原を歩いて平岸家に戻るまで、修平も軽い震えが止まらなかった。
久方は留守だったが、別の手がかりはあった。
関係のある人間が、この町に二人もいる!
「ずいぶん短い滞在じゃない。この町だけじゃなくて、札幌近郊でも寄ってから帰ったら?」
平岸パパは、早めに出発して、いろいろ見物してから帰ったらどうかと提案してきたが、疲れていた修平は断った。これから空港に行って、飛行機に耐え、さらに自宅まで戻る……それだけでも、自分の体力ではギリギリだ。すでに今、ひどい眠気がする。歩くのにまだ慣れていないのかもしれない。もしくは、寒い外から、暖房が過剰に入った室内に来たせいか。
一人で旅行なんて初めてだし、無理しすぎたかな。
そんなことをぼやいて横になりながらも、修平は考えていた。
この町にまた来なきゃいけない。
『先生』は、何を言っても聞かない修平の気性を誰よりもわかっていながら、隣で悩んでいた。
一体どうしたら、この子が無理をして体調を崩すような真似をするのを止められるのだろう。
『先生』の心配をよそに、修平は早速、空港に向かう車内で平岸パパを質問攻めにした。
奥さんがくれた弁当の中身って何ですか?これ一人分じゃないですよね。正月のやつよりデカいですよ?隣町の病院までどれくらいかかります?病気のとき町民はどこに行ってるんですか?診療所はあるの?薬局あります?コンビニは一件しかないの?娘さんの学校って編入できます?試験は自信ありますよ。クラスに9人しかいないって本当?そういえば久方って人知ってます?あの廃墟何ですか?林の中の。さっき怖い顔の金髪に会ったんですけど……。




