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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年7月

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2016.7.15 金曜日 サキの日記

 学校帰りに修平を連れて研究所に行った。でも、そこでは特に新しいことは聞けなかった。私に『奈々子さん』という女の子が取りついているらしいということ。それしかわからない。

 修平は今までに何度も聞いた説明を繰り返し、所長はひたすら『わからない。本当にわからないんだよ』と言い続けた。見ていてかわいそうになってきたので、質問ばかり続ける修平を途中で止めた。結城さんはまた買い出しに行ってしまったりらしい。


 結城はあなたのことを知っていましたよ、最初から。


 修平が所長に言った。


 たぶん、あいつも初島を探してたんじゃないかな。

 親父が言ってましたよ。

 奈々子さんを殺したとしたら、犯人は初島しかいない。


 そうだ、新しいことが一つあった。あの夢の女の子は、結城さんと高谷修二の共通の知人だったのだ。

 結城さんと、昔、仲が良かった女の子。

 私はそのことが気になって、何も考えられなくなった。

 結城さん、もしかして、その子のために所長のお母さんを探しているんだろうか?


 僕は本当に何も知らないってば!


 所長は繰り返される同じ質問にうんざりしたみたいだ。最後には、何かを察したポット君が修平にモップで襲いかかり、私も一緒に逃げる羽目になった。林の道を抜けたあたりで息が切れた。修平は私の10メートルくらい後ろで地面にへたりこんでいた。

 どうしよう。これ以上所長を傷つけたくない。

 だけど、あの夢の女の子が、結城さんに関係があって、しかも所長のお母さんに殺されていたなんて。


 本当に何が起きたのか知りたい。

 でも、これ以上聞けない。


 修平がよろけながら近づいてきた。私は色々とムカついていたので、無視して帰って来てしまった。夕飯の時も一言もしゃべらなかった。





 そして夜、その人は、私の前に現れた。



 新橋さん。はじめまして。



 寝ながら本を読んでいたら、声が聞こえた。

 見ると、修平の部屋側の壁から、

 眼鏡をかけてスーツを着た、

 丸顔のおじさんの上半身が『生えていた』。

 私は思わずギャーと叫んだ(と思う)。


 しっ!静かに!修平君はもう寝ています!


 眼鏡のおじさんが口元に指を当てて言った。

 いや、そんな。

 壁から人が生えてきたのに驚くなと言われても。


 私は新道隆といいます。

 修平君に取りついてしまった死者です。

 日頃の言動を見るに、どうも新橋さんは修平君の話を信じていないようですね。本当は良くないのですが、私が直接話したほうが良いだろうと判断しました。

 あ、私の姿はばっちり見えてるみたいですね。


 はっきりばっちり見えちゃってますとも。


 では改めて。私は新道と申します。生前は高校で現代文の教師をしていました。久方創くんに取りついている橋本は、僕の高校時代の親友です。生きている頃から過激な性格をしていまして……いや、そんなことよりも、君には神崎さんの話をしなくてはならない。


 ビクッとした。

 神崎奈々子。

 夢に出てくるあの子。

 結城さんの知り合いだった子。

 私に取りついてるかもしれない子。


 神崎さんは、私が教師をしていた高校の教え子です。プライベートなことまではわかりませんが、一応担任でしたから、声楽を習っていたこと、本格的に音楽活動をしていたことは聞いています。

 音楽室でオペラの話をしたのは、間違いなく彼女です。私には彼女が見えていた。


 どうして私に?


 それがわからないんです。修平君に私がついているのもなぜなのかわからない。今の所、初島が関わっているだろうというのが、我々の推測です。創くんに橋本がついているのは、間違いなく初島のせいですから。


 初島って、何者なんですか。


 わかりやすい言葉で言うと、超能力者です。


 また訳のわからないことになってきた。

 幽霊の次は超能力だ。


 実は、私達はそういう集まりでした。信じられない話でしょうが、同じ仲間には、火を操る男とか、水を呼ぶ女の子もいたんです。橋本はたまり場を仕切っていただけで、特に能力があったわけではないのですが、態度は一番大きかった……いや、そんなことはどうでもいい。ちなみに私は、


 先生が右手を上に上げた。

 すると、部屋の空気が動き出し、風が起きた。

 エアコンはないし、サーキュレーターもつけていないのに。


 風を操ることができる。信じていただけたかな?

 今日は暑いですから、朝まで風を動かしておきましょうか?


 何だか怖いのでやめてくださいと言ったら、風はすぐ止まった。新道という人は少しがっかりして見えたけど。


 僕らの中でも、初島は特別でした。特殊な力を持っていた。とても強い、恐ろしい力です。あれは地を揺るがすような衝撃的な力だったな……。だから私は、初島がこの全てに関わっていると思います。だから私は修平君の協力を得て、初島を探してもらいました。それでこの町にたどり着いたのです。

 しかし、創くんは母親の居場所を知らなかった。


 私はこの優しそうな幽霊のおじさんに、これ以上所長を追い詰めないでほしいと頼んだ。もう十分すぎるほど傷ついているのに、聞かれたくないことを聞かれ続けるのは辛いだろうと。


 気持ちはわかります。ですが、それでは新橋さんの今の状態も直りませんよ?


 私は考えた。

 確かに怖い。

 また変なことが起きるかもしれない。

 倒れたり、変なことを(幽霊が)口走るかもしれない。


 だけど、所長を傷つけないでほしいんです。

 それだけです。


 私はそう言った。本当は結城さんに奈々子さんのことを聞きたかったけど、それもやめた方がいいような気がした。

 大人は、自分が望んだ時しか、昔の話をしたがらない。

 特に、辛い思い出があるときは。

 そこを探られるのは誰だって辛い。


 そうですか、わかりました。修平君と相談してみます。

 生きている人たちが決めることですから。

 では、夜分に失礼しました。

 あ、心配しなくても大丈夫です。

 今後は、女の子の部屋を勝手にのぞいたりしませんから。



 新道は笑いながら壁の中に消えていった。

 私はしばらくベッドに座り込んで考えた。今すぐ修平を叩き起こして『今のおじさんは何なの!?』と怒鳴り散らしてやろうかと思った。けど、やめた。どう見ても悪い人ではなさそうだったし。代わりに私は外に出た。もう真っ暗だ。でも、夜風に当たって考えてみたかった。

 道は、暗闇に覆われていた。

 本当に、何も見えない。

 空には、息を呑むほどの素晴らしい星が。だけど、地上は闇だった。闇の塊のようだ。入っていったら二度と出てこれないんじゃないかと思うくらいの。

 田舎の草原や森の夜の怖さは、都会とは質が違う。

 底抜けの闇、静かすぎる無音。

 広大な空間の中に一人。

 私に今何かあっても、誰も気づかない。叫んでも誰にも聞こえない。いや、もっと深い。東京でも私は一人でいた夜が多かった。でも、ちょっと歩けばカフェもコンビニもあるし、電灯は常に明るい。秋倉の草原にそんなものはない。車道を照らしている光が点々と見える他は、恐ろしいほどの闇。

 ヨギナミを思い出した。あんな草原の中のぽつんとした家に、お母さんと二人で住んでいる。怖くないんだろうか。この、まわりを取り囲む無のような闇が。所長だってそうだ。

 私はとことん都会の人間だったんだろうか。秋倉の闇と静寂が、別世界への入り口のように思えて、怖い。夜を怖がるなんて子供っぽいだろうか。いや、本来、夜は怖いものだ。だから古代の人々は火を求めた。私達が電気に慣れすぎて、感覚が麻痺しているんだ、きっと。

 

 もう帰ったほうがいいよ。


 暗闇に踏み込もうとした時、耳もとで声がした。見回しても誰もいない。もしかして奈々子さんなんだろうか?次の言葉を待ってみたけれど、いつまでも何も聞こえない。私は部屋に戻ることにした。だけど、外の闇で感じた怖さは一緒に部屋までついてきて、私を眠れなくさせた。

 もしかしたら初島という人は、この闇に踏み込んで戻れなくなったのかもしれない、そう思った。

 今、夜の2時半。

 私は、今日、眠れないと思う。



 


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