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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年7月

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2016.7.14 木曜日 研究所

 久方創は、カウンター席でコーヒーを飲むふりをしながら怯えていた。後ろでは男子高校生3人が、ポット君を取り囲んで騒いでいた。おそらく、カフェの孫が動画を撮っている。

 ああ、どうしよう。これで有名になって人が押しかけてくるようになったら。それに、ここが学生のたまり場になっては、自分が落ち着いて生活できない。しかし、『帰ってくれ』と言う勇気も久方にはない。

 幸か不幸か、そこにかま猫が入ってきて、ポット君めざして走り出した。ポット君はいつも通り逃げ、かま猫と男子3人が追いかけていった。久方は本当に久しぶりに、部屋のドアをぴったりと閉めた。

 助手が保坂の息子にピアノなんか教えるから悪いのだ。そうだ、あいつが悪い。久方は考えた。おかげで余計な仲間まで連れて来られたではないか。


 所長〜!


 ドアのノック音とともに、早紀の声が聞こえた。久方はドアをそっと開けた。


 さっき、かま猫とポット君と保坂たちが外を走っているのを見ましたが、大丈夫ですか?放っといても。


 僕にはどうにもできないよ、と久方は答えた。


 やっぱり、鍵かけるの嫌なんですか?


 久方はその問いには答えなかった。代わりに自分でコーヒーを入れてきた。

 早紀がコーヒーを飲むのを眺めながら、久方は迷っていた。昨日、また早紀は、自分では考えられないようなこと(知らないはずのオペラの解説)をしたが覚えていないと言った。それはあの、夢に出てきた女の子の仕業だ。


 話したいことがあるんだ。


 久方は思いきって言った。声は小さかったが。


 サキ君、たまに意識がなくなって変なことするって言ってたよね?昨日もそうだったって。僕はあれ、夢に出てくるあの女の子のせいだと思うんだ。


 早紀はよくわからないという様子だった。


 高谷くんから聞いてない?あの子の名前はナナコさんって言うんだって。


 早紀はしばし動きを止めたあと、『今聞きます』と言ってスマホをいじり始めた。しばらく、ものすごい速さで画面を叩いていたが、


 すみません。カッパを尋問してきます。


 と言って、怒った様子で立ち上がると、走って出ていってしまった。


 大丈夫かな……?


 久方は心配しながら、ドアを再びぴったりと閉めた。天井からはピアノの練習音が聞こえてきた。保坂だ。他の二人は帰ったのか、それともまだ建物内にいるのか、それを考えると久方は落ち着かなかった。早紀のことも気になった。




 日が沈み、久方が夕食を作っているとき、早紀から着信があった。


 あの子は本当に奈々子という名前でした。

 神崎奈々子さんだそうです。


 早紀は前置きもなくしゃべりだした。


 所長を助けようとしたけど、出来なくて死んだってカッパが言ってますけど、本当なんですか?


 僕は何も覚えてないんだよ。


 どうしてその奈々子さんが私の所に出てくるんでしょうか?


 わからない。本当にわからないんだ。


 久方は何を言われても『わからない』を繰り返すしかなかった。


 修平が、私の隣に奈々子さんが見えたことがあるって言ってました。本当だと思います?


 久方は少し迷ったが正直に言った。


 実は、僕も見たことがあるんだよ。

 サキ君の隣にあの子がいるのを。


 君は、僕そのものに見えることもあるんだよ。

 と久方は付け足したかった。そちらのほうが大事なことのような気がした。でもそれは言わず、早紀がピアノに夢中になっているときに、女の子が隣に見えたということだけを説明した。

 早紀はしばらく無言で何か考えているようだったが、


 明日、カッパをそちらに連行します。 

 話し合いましょう。


 という言葉とともに通話は終わった。久方はうめきながら床に崩れ落ちた。とうとう、聞かれたくないことにあの2人が踏み込んでくる。あの人はどこにいるのか、昔何があったのかと聞かれるのだ。それを知りたいのはこっちの方なのに。



 なんで北海道に戻ってきた?



 振り向くと、ドアの前に助手がいた。



 あの恐ろしい女がいる土地に、

 なぜ戻ろうと思った?



 その顔は虚ろだった。久方は答えずに、鍋の火を止めた。中身は火が通り過ぎてぐちゃぐちゃになっていた。



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