2016.7.13 水曜日 サキの日記
私はまたやってしまったらしい。音楽の授業中、眠気がひどくてほとんど意識がなかった。なのに、杉浦と修平、音楽の今野先生が言うには、私が、
『知りもしないモーツァルトのオペラについて』
長々と説明したというのだ。でも私は寝てたはず。それに、モーツァルトのオペラなんて、所長のところで見た『フィガロの結婚』しか知らない(し、内容もはっきり覚えていない)。なのに、私は、
『ドン・ジョバンニと、映画『アマデウス』の話を関連づけて説明した』
と3人は証言する。
そんな映画知らない。どうなってるの?
所長にその話をしたら、しばし呆然とした後、DVDの棚から『アマデウス』を取り出した。
これはすごくいい映画だから見なきゃ駄目だよ。
サキ君が知らないなんて意外だな。
と、そんなに有名だったのか。見てみたら、この映画のテーマは『嫉妬』だった。モーツァルトの才能に嫉妬するサリエリの物語。ドン・ジョバンニも出てくる。最終的に、サリエリはモーツァルトを死に追いやってしまうのだ。所長によると、
実話じゃない。本当は仲が良かったらしい。だから、二次創作みたいなものなんだ。サリエリは自分がこんな描かれ方されるの、きっと嫌でたまらなかったと思う。でも、誰もが持っている嫉妬や妬みをこれほどみごとに表現した物語は他にない。だから、現実より創作のほうを、人々は熱狂的に支持した。
確かこの話、舞台にもなっているはずだよ?だからサキ君が知らないのは意外なんだ。お父さん演劇の人でしょう?
いや、そう言われても。私だってバカの業界を知り尽くしているわけじゃないし。奴はそんな崇高な劇やらないし。
所長はこの映画が好きすぎて、モーツァルトの協奏曲のCDを集めたりしていたそうだ。
でも、私は知らなかった。
ドン・ジョバンニも、アマデウスも。
なぜ音楽の時間に解説しちゃったんだ!?
意味がわからない。
帰ってからバカに『アマデウスって知ってる?』とメールしたら、
何!?アマデウスを知らないだと!?
という題名で、自論自説だらけの長すぎる解説を送られてしまった。半分くらい読んだら嫌になってきてスルー。とにかく有名で、熱狂的な支持者の多い話だということはわかった。ただ私は、この映画のモーツァルトがあまりにも性格悪いというか下品すぎて、才能があっても魅力があるとは思えなかったし、昔の精神病院の描写もグロいというか、気味が悪いと思った。古い映画だからかもしれない。
人々が気軽に精神病院や心療内科に近づけるようになったり、『うつ』を話題にできるようになったのは、2000年代に入ってからで、1990年頃まで精神科系は『隠すべき恥ずかしいもの』『世間の評判を傷つける良くないこと』『話せないタブー』であったそうだ。これは前にカントクが教えてくれた。よりによって私が心療内科に通いだした時に。
サキちゃん。今たまたまあなたは不調だけど、大丈夫ヨ。時代はどんどん変わっていく。『こうだ』と思っていたことは、10年20年経てば変わってしまうのヨ。
『今のタブーは20年後の常識』かもしれないのヨ。
その時はカントクが何を言いたいのかよくわからなかった。あまりにもどん底で打ちのめされていたからだ。たぶん慰めたかっただけだろう。確かに、精神病患者が裸で檻に入れられる時代からは、患者の扱いははるかに変わっただろうけど。
所長は音楽室で起きたことを心配して、夜にも『大丈夫?』とメールを送ってきた。本当に、なぜ、私は知らない作品の話を寝ながらしてしまったのか?わからない。
考えてもわからないけど気になってしまって、今日は本も読めなかった。
学校では、秋の修学旅行の話が出た。費用が一人7万円。ヨギナミが『払えないから行かない』と言い出すと、杉浦が待ち構えていたかのように。
ところでみんな、夏休みに市場でバイトしないか?
人が足りないと言われてね。5〜6人都合すると言ってしまったんだ。
特に技術はいらない。単純作業だよ。
金を稼げるし、ヨギナミの旅行代もそこから出そうじゃないか。
ノリの良い佐加、奈良崎、保坂がすぐに乗った。藤木と高条は、時給とか細かい条件を聞いてから『いいよ、やる』と言った。スマコンと伊藤ちゃんは『お金は出すけどバイトは無理』と。あかねははなっから『フン』って感じで、関わる気全くなさそう。修平は『金は喜んで出すけどバイトは体調的に無理。ごめん』と言っていた。
私は佐加のノリに巻き込まれて参加が決まってしまった。簡単な作業だから大丈夫と杉浦は言うけど心配だ。バイトなんてしたことがない。
ヨギナミは最後まで『いいよ、そんなことしなくても』『悪いよ』と慌てていて、帰り際私と佐加に『ごめんね』と言って、佐加に、
修学旅行一緒に来なかったら、殺すよ?
と、怖い目で脅されていた。ヨギナミはずっと怯えた様子で、かわいそうだと思った。
行き先は九州だそうだ。




