2016.7.12 火曜日 夜中 高谷修平
「ナホちゃんに会いに行こうよシンちゃ〜ん!!」
夜中、アパートの部屋で、修平がにやけながら叫び、新道先生は頭を抱えていた。
「札幌にいるんだろ〜?今なら俺、街歩きできる体力あるし」
『駄目です』
「え〜なんで?家族に会いたくないの?奥さんでしょ?娘もいるんでしょ?」
『私が死んだのはもう18年は前なんですよ。人も世の中も変わってしまっています。今さら死んだものが出てきても、生きている人のためにはなりません』
「え〜だって、せっかく北海道まで来てんのにさ〜」
『駄目です。それだけは絶対にいけない』
「あのさ、真面目に」
修平はふざけるのをやめて真顔になった。
「自分の家族だよね。しかもかなり仲良かったって話してたよね?本当に会いたくないの?」
『会いたくない……と言えば嘘になりますが』
「じゃ〜いいじゃん。夏休みに札幌に……」
『駄目です!!』
新道先生が珍しく、怒鳴り声に近い声を発した。
そのとき、
『先生……』
隣の早紀の部屋から声がした。修平たちは同時に壁を見た。
『少し、話したいんです』
か細い声が聞こえてきた。
「奈々子さん?」
修平が尋ねると、
『静かに!早紀はもう眠っているの』
という声がした。
「あ、じゃ〜俺黙ってるから2人で好きに話してて」
修平はベッドにもぐって顔を隠した。
『私、どうしたらいいんでしょう』
奈々子の声は泣きそうだった。
『出てきてはいけないのはわかっているけど、自分を抑えるのが難しくなってきたんです』
『辛いでしょうね』
先生が静かに言った。
『でも、そこは耐えてください。生きている者のために』
『わかってます。わかってるんですけど……』
奈々子は口ごもってから、
『結城が……』
と言った。修平がベッドから顔を出した。
「あいつなんでここにいるんでしょうね?」
修平は小声で尋ねた。
『わからない。なぜ創くんと結城が一緒にいるのか』
奈々子が答えた。
『あなたが『自分を抑えるのが難しい』と言うのは、彼のせいですか?』
先生が尋ねた。
『ええ、そう、そうなの。私は……』
奈々子はためらいながら言った。
『知らなかったの。結城が、その……』
『何ですか?』
『あの……確信があるわけじゃないんですけど』
奈々子は弱い声で言った。
『ラヴェルのあの曲を、結城は今でも狂ったように弾き続けてる。あれは……もしかして……もしかしたら……』
奈々子は何かを言いよどんでいたが、
「結城は、あなたを愛していました」
修平がはっきりした声で言ってしまった。
『修平君!?』
先生が叫んだ。
「やっぱりそれだよ。親父が言ってた通りだ」
修平はベッドから起き上がって壁の前に立った。
「うちの父親、高谷修二が言ってました。結城が『創くん』に近づいた理由は一つしかないと。あなたが『創くん』を守りたかったのに守れなかったからだ。今、代わってそれをやろうとしているに違いないと。わかりましたか?」
『修平君、それは言わないほうがいいと言ったでしょう?』
先生が控えめに修平を責めた。
「言わなくたってもう気づいてるよ。そうでしょ?奈々子さん。でもあなたはもう亡くなった人だ。サキの人生を乗っ取る資格なんてない。久方が橋本のせいでどれだけ苦しんだか、もう知ってますよね?たからお願いします。サキと仲良くできないなら、なるべく出てこないでくれませんか?」
返事はなかった。しばらく待ってみても何も聞こえないので、修平は諦めてベッドに戻った。
『修平君、君はしゃべりすぎです』
「なんで?いずれわかることじゃん?」
『私は神崎さんが心配です。結城という男に下手に未練があると、何か起こすかもしれない。それこそ……』
「それは、俺らで止めようよ」
修平は天井を見つめながら言った。
「それに、俺が思うに、奈々子さんより危ないのは……結城の方だ」
修平はしばらく考え込んでいたが、
「それでさ〜、いつ札幌行く?」
にやけ笑いとともに、話題は最初に戻った。
先生は困り、顔をしかめて、両手で顔を覆った。




