2016.7.9 土曜日 サキの日記
またあの夢を見た。あの女の子と、所長に似た男の子。しかも、いつもよりはっきりしてる。2人ともおなかがすいているのだ。そして、いつもの川辺のフェンスを歩いてる。
ぼーっとしながら午前中過ごし、2時頃、ケーキの試食会が始まった。うちのグループと、第1グループ、つまり、佐加、ヨギナミ、杉浦、藤木の4人、計8人が平岸家のテーブルについた。昔、下宿する生徒が多かった頃はこんな感じだったのかなと思った。人口密度が高くて、男子が多くて、むさ苦しい感じが。
これがクイニーアマン、これがウィークエンド、これがフランボワーズ、あとこれは、おからクッキーにフレーバーを足したもので……。
テーブルに隙間なく並ぶお菓子。平岸ママが一つ一つ説明している間、私は向かいの席の第1グループを観察していた。ヨギナミは急にバイトの休みを入れたとかで、後ろめたい表情をしていた。佐加はずっと、ガトーショコラをすごい目で見つめていて、今にも食いつきそうな感じ。杉浦は不遜な様子で椅子の背もたれにもたれて、腕を組んで目を閉じていた。藤木は体格に合わず、行儀よく背筋を伸ばして座っていた。
試食が始まると、やっぱり佐加がガトーショコラに飛びついた。あかねはフランボワーズに手をつけただけで、ずっと無言でいた。たぶん、色々なことが気に入らないんだろう。藤木の食べ方がすごく上品で、見てて奇妙なくらいだった。見た目はつかみ食いしそうな大きな男なのに、フォークを丁寧に使ってケーキを一口大に切り、ゆったりと口に運び、一定の間隔でコーヒーを飲む。隣の佐加とは対照的だ。佐加はとにかく食べまくっていたし、小さなケーキは手でつかんでいた。フォークが苦手なのは見ていてすぐわかった。
ヨギナミはパウンドケーキとガトーショコラを少し食べて、他のものには手をつけなかった。ただし、平岸ママに『持って帰っていいですか』と聞いていた。平岸ママは、ケーキ屋さんのような持ち帰り用の箱をばっちり用意していた。
杉浦がシフォンケーキにクリームをつけて出したいと言ったとき、あかねが初めて口を開いた。
めんどくさいこと言わないでよ、涼くん。
この2人、お互いを『あかねさん』『涼くん』と呼んでいて気持ち悪い。平岸パパと杉浦の父親が友人同士だから、この2人もお互いを兄妹のように思っているらしい。実はうちのバカも平岸パパとは友達だけど、この2人の仲間に列せられるのは嫌だったので黙ってることにした。そうだ、うちのバカのレベル99のドラクエに『すぎうら』っていう仲間がいた。あれが杉浦のお父さんだ。きっと。
第1グループがケーキ談で平岸ママと盛り上がっている中、私達第3はみんな無口だった。高条は『俺は別に何でもいい』と言ったきり黙々とウィークエンドを消費し続けているし、いつもはうるさい修平も『甘いもの食べすぎると具合が悪くなるから』と途中でいなくなるし、あかねは機嫌悪いし。私は佐加と杉浦が騒ぐのを聞きながらひととおりのケーキを食べ、やっぱりガトーショコラかシフォンケーキがいいなと思っていた。
佐加と私、どうでもいい感じの高条とあかねも加わってガトーショコラを推したため、当日出すものはこれに決まった。軽いものもあったほうがいいと藤木が言ったので、作り置きして大量生産できるアイスボックスクッキーが追加された。平岸ママはこのありきたりな決定には不満があったようだ。さんざん凝ったケーキを試作していたから無理もない。当日、一人で作りきれるのかと藤木に聞かれて、平岸ママは、
もちろん、娘のグループには手伝ってもらいますよ。
と言って、太陽のように微笑んだ。あかねが嫌な顔をした。高条は無反応だった。私はその場を収めるために作り笑いを浮かべた。
みんなが帰ってから、余ったケーキを箱に詰めてもらい、研究所に向かった。ケーキに誘われて結城さんが降りてきた。所長はSTINGのAT THE MOVIESというCDをかけていた。きれいな曲が流れているので曲名を聞いたら、
あの……The secret marriage。
とすごく言いにくそうにつぶやいた。
何を照れているのですか?
気に入ったなら貸してあげるよと言われたので、借りてきて今部屋で聴いている。本当にきれいで上品な曲が多い。他の洋楽とは(よく知ってるわけじゃないけど)雰囲気が違った。ENGLISH MAN IN NEW YORKが一番好きだけど、途中で叩きつけるような音が入っていて驚く。なぜだろう?
昔のCDには曲やアーティストの解説が詳しく書いてあるライナーノーツという説明書があり、これが目当てで日本版を買う人もいる。所長が照れていた曲には、ナチスドイツの迫害から逃げた作曲家のメロディが引用されているそうだ。他の曲の説明も読みふけっていたら、けっこうな時間が過ぎた。
結城さんは持っていったケーキのほとんどを一人で食べたあと、『買い出しに行ってくるわ』と言って出ていってしまった。
買わなきゃいけないものなんてないのになあ。
と所長がつぶやいた。やっぱり私、避けられているのだろうか。悲しんでいたらポット君にが近づいてきて、
アイツハオバカチャン。
と語尾上がりに言って、目が意地悪な三角形の表示になった。いったい誰に教わったんだ、その言い回し。
今日、またあの夢を見たよ。
やっぱりあれは創成川だ。
所長が言ったので驚いた。私も同じ夢を見て、2人ともおなかが空いていたみたいだと言ったら、今度は所長が驚いていた。
なんで同じ夢見るんだろう……?
STINGの声を聞きながら、私達は考えこんだ。でも、理由なんてもちろんわからない。
誰かが言っていたような気がする。
人はみんな、どこか深いところでつながっているって。
もしかしたら、僕とサキ君は、
たまに無意識でつながるのかもしれない。
所長がけっこう真面目に言った。私は『スマコンが好きそうな話だな』と思いつつ、でも、所長ならあり得るような気もした。出会い方からして不思議だった。いろいろ事情がわかった今でも、所長の存在は不思議だ。
サキ君、他は最近、変なことなかった?
また無意識に歌ってたとか。
そんなことしてませんと答えた。所長はいつかの音楽の授業のことを今も気にしているみたいだ。なぜだろう?
結城さんの部屋、探ってもいいですかね?
言ってみたら、所長がニヤッと笑った。
僕も行く。何か隠してるかもしれない。
2人で結城さんの部屋に侵入した。でも、結論から言うと、何も見つからなかった。前見た時より教則本やピアノ演奏のCDが増えていたけど、他は変わらない。大きなグランドピアノ、真横にベッド、ハンガーラック、楽譜がぎっしり詰まった本棚。物を隠すところもない。部屋の隅にダンボール箱が置いてあって、中を見たら下着が入っていたので慌てて閉じた。
あいつはまず、服を入れる引き出しを買うべきだよ。
所長がなぜか悲しそうに言った。
1階に戻ったらかま猫がポット君を追いかけていたので一緒に遊んだ。
走り回ったせいで疲れて今眠い。
まだ9時だけどもう寝る。




