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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2015年10月

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2015.10.8 研究所


 台風は低気圧に変わり、北海道を通過する見込みだ。『札幌も風つよいですよー!』とラジオのパーソナリティーが陽気に伝えている。窓の外はその声とは対照的な陰気な雲行きだ。風の音が廃墟の隙間から押し寄せ、気晴らしにつけたラジオだけではかき消すことができない。

 最近は、やっと晴れたと思ったらまた低気圧、大雨と強風、その繰り返しだ。

 秋倉町は幸い、めったに災害が起きない町である。それでも雨や風の強さが不安を煽らない訳ではない。


 外には出られないな……。


 久方創はそれでも考えている。大雨の中を歩いたら、普段発見できない何かを見られるかもしれない。例えば、雨の後にだけ紫陽花の葉の上に現れるカタツムリや小さなナメクジのような生き物だとか。

 実は前にも似たようなことを試していた。その時は吹雪で積雪も多く、建物のすぐ近くで遭難するところだった。しかも風邪をひいて助手にさんざんバカにされた。代わりに書いてもらった書類の内容もめちゃめちゃだった。

 悪天候の外歩きは、この辺りでは本当に命取りだ。

 何か残った仕事はなかったか考えているが、見つからない。


 新橋早紀から電話があった。父親が札幌で公演中だという。仕事で2、3日行く予定はあるが、おそらく見に行けないだろう。

 人の多いところは苦手だ。

 だが、低気圧の強風の中で一人でいるのが好きかと言われても困る。

 助手のピアノはまだ聞こえない。まだ寝ているのかもしれない。起きてもやることはないのだが。昼にはいつもどこかへ行くようだが、今日はどうだろう?


 朝が一番眠いでス。夜になると考え事で頭が活性化して眠れまセン。


 サキが独特の口調で話すのを、『所長』は窓の外を見つめながら聞いている。


 でも、実はぼーっと考え事では頭は働いてないと言っている脳科学者もいるみたいでスよ。うちのバカが言ってたことだから嘘かもしれまセンが。


 たぶん活性化してるのは疑問のほうだろう。なぜ自分はここにいるのだろう?なぜいじめられたのだろう?なぜこうなってしまっているのだろう?なぜあの人の近くにいられなかったのだろう?なぜよく知りもしない人間をこの子は信用しているのだろう。話す内容は人間不信に傾いているようにすら聞こえるのに。



 朝って明るいから、暗いことを考えるのに向いてない気がしまス。でも私は本質的に暗い思考の持ち主なのでスよ。前にアフリカかどこかを支援している人の話にもありまシタ。電気がないと夜に日誌をつけられない。精神的なものは夜を好むみたいでスね。でも朝の爽やかなのが嫌いなわけじゃないでスよ。私が爽やかになれないだけでス。夜更かしして朝ダルいので……二日酔いってこんな感じ?所長お酒飲めますカ?


 一切飲めないと答えると、自分の知ってる大人では初めてだと言われた。もしかしたらこの子には、こういうふうに話せる大人の知り合いがたくさんいるのかもしれない。


 なんにも困ることないンでスよ、ホントは。経済的にも困ってないし、学校のいじめからも一応逃れたし……人間って、なんにもなくても寂しくなるものでスか?嫌なことを思い出すこともあるし、思い出さなくても沈んでることもあるし……。



 サキが延々とそんなことを話すのを、『所長』はぼんやりと聞いていた。自分も似た考え方をしているなと思いながら。ただし、自分とは違って、それを言葉にして、しかも人に向かって口にできる能力がある相手だということも強く感じながら。


 窓の外は、風が少しおさまったようにも見える。


 電話が終わった頃助手が降りてきて、出かけると言って出ていった。天気悪いのに?とこないだのセリフを返してみたが返事はない。


 木の葉でも風でもない何かが、背中の辺りでざわめいているのを感じる。

 久方創は、二階の自分の部屋にこもることにした。まだ読んでいない海外の本がいくつかあったはずだ。

 何かに没頭しないと、今日明日をやり過ごすのは難しいかもしれない。





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