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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年7月

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2016.7.6 水曜日 サキの日記

 図書室で伊藤ちゃんが『悲しみの秘技』という本を読んでいて、題名がものすごく気になった。でも、その本貸せと読んでいる人に言うのもどうかと悩んでたら修平が来た。すると伊藤ちゃんは本をさっとカウンターの下に隠し、『深い河』に持ちかえた。修平はカウンターに近づいていって、


 その本、読んだことある。


 と言った。しかし伊藤ちゃんは、


 あなたに宗教のことはわからないんじゃない?


 とそっけなく言った。それから2人はキリスト教や仏教、民間の伝承などの話を真面目にし始めた。私は本を探すふりをしてその話を聞きつつも、伊藤ちゃんのさっきの行動が気になった。スマコンが『伊藤の村には教会がある』と言っているのを聞いたことがあるから、もしかしたら信者なのかもしれない。それより、カッパが委員長とあんなに仲良くなるなんて意外だ。私も図書委員やってみたかったけど、カッパと行動を共にしたくないのでやめた。


 僕、その本持ってると思う。ちょっと待ってて。


 所長が『悲しみの秘技』を貸してくれた。でも、なんでこの題名に惹かれたんだろう?聞いてみたかったけどできなかった。『悲しみ』という言葉に日頃から親しんでいないと、この本の題名には引っかからないと思う。伊藤ちゃんはなぜこの本を読んでいたのだろう?なぜ修平が来てから本を変えたんだろう?

 本を受け取った瞬間に、ピアノが鳴り出した。

 

 ああ、また月光の第3楽章だ。

 テンポの早い邪悪な曲が好きなんだよね、あいつは。


 雨があがっていたので2人で外に出て、アジサイの葉にカタツムリを発見した。葉の中にかま猫が隠れていた。所長は白衣のポケットから鮭とばを出して与えていた。いつ会ってもいいように持ち歩いているらしい。



 音楽の時間に杉浦がクラシックの話を長々としているのを、私と修平は眠くなりながら聞いていた。美術を選べばよかった。そしたら佐加やあかねが一緒だったのに。他の人が音楽を避けて美術や書道を選択したの、杉浦のせいなんじゃないかと思う。とにかく自分の好きなものの話しかしない。相手のことはお構いなしだ。同じクラシック好きでも所長とはずいぶん違う。結城さんはちょっと似てる……とはあまり思いたくない。

 話を聞く限りでは、書道が一番楽しそう(というか、楽そう)だ。


 ひたすら好きな名言をでかい半紙に書いて遊んでる。


 と保坂が言っていた。音楽活動してるくせに、保坂もスマコンも音楽を選択していない。やっぱり杉浦のせいだと思う。保坂とヨギナミが一緒っていうのも微妙だ。でも、ヨギナミも、書道の時間が一番好きだと言っていた。

 確か書道には藤木もいたと思う。藤木とはほとんど話したことがない。大きくて見た目は目立つはずなのに、何もしゃべらないから印象が薄い。そういえばそんな人いたっけ?みたいな感じだ。佐加は藤木と仲良しらしい。同じ海辺の町から来てるから、よく2人で一緒に帰ってる。でもたぶん、付き合ってはいない。

 不思議だ。

 1年前には『クラスの人なんてよくわからない』という学校にいたのに、今では、ほぼ全員のことがなんとなくわかる。人数が少ないせいだ。でもそれだけじゃなくて、みんながお互いを少しずつ意識しているのが感じられる。前の学校では他人は生きた人間というより、物に近かった。自分には関係ないもの、何事にも無関心なもの……。誰も私に関心がなかったし、私も教室の誰一人、興味はなかった。



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