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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年7月

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2016.7.5 火曜日 サキの日記

 朝、修平に『本を運ぶの手伝って』と頼まれた。杉浦の家から図書室の本を無理やり回収してきたが、重くて一人で運べないという。本を運べない男子ってどうだろうと思ったけど、体が弱いのはわかってるから手伝った。


 俺、図書委員になったんだよね〜。


 と、行きの道で奴は何回も何回も嬉しそうに言った。遊園地に連れて行ってもらった子供のようだった。

 学校では、昨日の恨みなのか、杉浦が修平にやたらにからんで本の話をふっかけていた。修平は、ふざけてるのか真面目なのかわからない答え方をした。


 俺、あの友達が死んだの残念だと思うんだよね。あいつは『俺の好きな女取りやがったな』って先生につかみかかればよかったんだと思う。そうやって全力でぶつかり合ってたら、あとで先生もあんなにモヤモヤしなかったんじゃない?その、本音でぶつかり合うことができないのが、日本人の何ていうのかな、昔の人の美徳というか、良くない所なんじゃないの?


 それを聞いた佐加が、


 あ〜!またあの本勧めただろホソマユ!!


 と叫んだ。ヨギナミが、夏目漱石の『こころ』の話だと教えてくれた。杉浦は昔、クラスの人に夏目漱石の本を押し付けすぎて、クラス全員を古典嫌いに導いてしまったそうだ。

 その話をしてからヨギナミは、メモを私に見せた。


 7月25日は佐加の誕生日だよ。

 また2人でプレゼント選ぼう。


 私は黙ってうなずき、ヨギナミはかわいらしく笑った。もしかしたら、代金は私に出させて自分は選ぶだけかもしれないと思ったけど、ヨギナミじゃ仕方ないと思ってしまった。

 佐加は杉浦に、本の押し付けについての文句を言いまくっていた。でも、話す内容を聞いていると、佐加は嫌だ嫌いだと言いながら、小説の内容はけっこう知っているみたいなのだ。『奥さんがかわいそうすぎる』とか。



 昼休みにメールが来た。母からだった。


 元気そうで何より。

 夏休みは私がそちらに行くわね。

 所長さんにも会ってみたいから。








 サキ、どーしたの?

 さっきから止まってるけど。


 佐加に肩を叩かれて我に返った。


 あの母が、妙子が、

 ここに来る。



 帰りに所長の所に行ってそのメールを見せたら、私と同じように固まってしまい、ポット君がコーヒーを持って来るまで動かなくなっていた。


 妙子さん来ちゃうの?

 そうだ、結城をおどかしてもらおう。

 あいつは妙子のドラマを怖がっていたから。


 妙子のドラマではなく、彼女が脇役のサスペンスですと一応訂正しておいた。夏にまた特番2時間スペシャルをやるらしい。もはや、Twitterネタを提供するためにスプラッタ劇を作っているとしか思えない。

『怖い!顔が怖い!』

『イッちゃってる感が最高です』

 などの文字がネット上を飛び交うであろう。

 でも、一番怖いのは、視聴率が低くて反応があまりなかった時だ。あの人は絶対荒れる。でも私は遠い所にいるから大丈夫……と思ってたのに。


 夏休みっていつから?


 散歩中、所長に聞かれた。


 終業式は22日です。

 大丈夫です。来たらすぐに知らせます。


 と私は言った。所長は『怖いなあ』と言ってから、自分の所にも神戸の友達が来るかもしれないと言った。チェロ奏者で、昔から音楽の趣味が合うのだそうだ。だから所長はクラシックが好きなんだろうか?どんな人が来るか楽しみ。



 夕食の時に『母が来ます』と言ったら、平岸ママが、


 まあ!二宮由希が来るの!新橋さんはこの町によく来てるけど、お母さんが来るのは初めてじゃないかしら。


 と言った。バカと平岸パパ、あと、最近知ったのだけれど、杉浦のお父さんも、高校の同級生らしい。バカはこの町に年3〜4回のペースで訪れていたそうだ。私には去年まで教えてくれなかったのに(私が奴の行き先にあまり興味がなかったのもあるが)。

 部屋に戻ってからも落ち着かなかった。母はここに何をしに来るのだろう?いや、私に会いに来るのはわかってるけど、付き合っている友達を点検されたりしないだろうか。ただでさえ所長は『母親』という言葉にトラウマがあるし、結城さんのことも心配。『あんな所に通ってはダメよ』なんて言われた日には戦争だ。

 そこまで考えた時、


 大丈夫よ。

 由希さんは、あなたが心配なだけ。


 という声が聞こえた。はっきりと。部屋にはもちろん私しかいない。隣のカッパの部屋からテレビの音声が聞こえたのかと思ったけど、静かだ。

 でも、誰かが近くにいるような気がした。

 ちょっと怖いので平岸家に行って、平岸パパと一緒にテレビを見ていた。タイミング悪く、うちのバカが出演しているクイズ番組だった。とぼけた発言をして、笑いと失笑を呼んでいる奴を見て、平岸パパは爆笑したり『今のはわざとくさいなぁ』と指摘したりした。

 平岸パパに『うちのバカと同級生だったんですよね』と聞いてみた。


 おーそうなのよ。一緒に怖いヤンキーから逃げ回ってね。新橋は昔から口が悪くてさぁ、いろんな人に目をつけられてたんだけど、逃げるのも上手くてね。あれはもうプロの領域だな、うん。


 逃げのプロ。なんて役立たずな。

 後でメールを見たら『テレビ見たピョーン?』が何件もたまっていることに気がついたので『今日のネタ甘いピョーン』と返信したら、秒速で『(´・ω・`)ショボーン』が帰って来た。反応が古い。

 今また部屋に戻って来てるけど、何も聞こえない。もちろん誰もいない。さっきのは何だったんだろう?母の襲来を心配しすぎて頭が暴走したんだろうか?きっとそうだ。

 もう寝よう。今日はコーヒーを飲まない。



 

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