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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年7月

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2016.7.2 土曜日 須磨邸 高谷修平

 午後1時。平岸家の前に、一台の赤茶色いベンツが現れた。パンのような曲線を持った古いデザインの車だ。中から出てきたのは、メイド服を着て頭にフリルをつけた、かなり高齢のおばあさんだった。

「高谷修平君ですね?」

 メイドばあさんが丁寧にお辞儀をした。スカートの端を持って。

こんお嬢様の使いで参りました。メイドの松枝でこざいます」

 メイドが『冥土』に聞こえた。

「は、はあ……」

 修平は困った。しわだらけの、どう見てもかなりな歳のばあさんが、コスプレにしか見えない真っ白いエプロンのメイド服を着ている。

「さあ、お乗りください」

 松枝が後部座席のドアをあけた。修平はそっと乗った。前にカセットプレーヤーが搭載されていることに気づき、車の古さを改めて思った。松枝が運転席に乗り込んでエンジンをかけたとき、自分は今日死ぬのではないかという考えが頭をかすめた。

 松枝の運転は乱暴だった。慣れた道なのか、カーブでもスピードを落とさず爆走し、シートベルトをしていたにもかかわらず、修平の体は絶えず左右に大きく持っていかれた。須磨邸に着いた時には、車酔いが頂点に達していた。

「着きました」

 ある種の危うげな満足感を帯びた笑みで松枝が言ったとき、修平は自分でドアを開けて外に飛び出し、うめきながら地面にしゃがみこんだ。

「顔色が最悪ね。でも無理もないわ。松枝の運転では」

 いつの間にか正面にスマコンがいた。白いワンピース。長い黒髪。じゃらじゃらした天然石のネックレスさえなければ、可愛らしい広告のような見た目だ。修平はスマコンを見上げ、それから後ろを見た。車とメイドは既に消えていた。

「あの人、何なの?あのばあさん」

「わたくしの専属のメイドですけど?」

 スマコンがにやけた。

「ここに来た時は60代ですと言い張ったそうですけど、その時にはもう後期高齢者だったわね。あと、あのメイド服はご本人の趣味です。わたくしが着せているのではなくてよ?」

「趣味?」

「コスプレが大好きなのです、松枝は」

「あ〜」

 修平はどう反応していいかわからなかった。

「立ち話もなんですから、お入りなさいな」

 スマコンの声は妙に艶めいていた。2人は大きな門を通過し、石畳の道を、和風の屋敷に向かって歩いていった。古風で、北海道というよりは本州の古い民家を思わせる外観の家だった。庭に立派な植木と大きな石がある。金持ちなんだろうなと修平は思った。

 古い時代を思わせるガラス細工のランプが廊下を照らし、洗濯物を持った松枝がその向こうを横切っていくのが見えた。修平はスマコンの親の姿を探したが、

「父は仕事ですし、母はいませんの」

 スマコンが何気なく言った。

 案内されたのは、大きなテーブルと暖炉がある部屋だった。壁には女性の肖像画がかかっている。

「これは母ですの。ここに座ってお待ちになって。タロットを持ってきますから」

 スマコンは去り、修平は勧められた席に座った。しかし、落ち着かない。壁際には飾り棚があり、年配の男が好みそうなウイスキーの瓶がいくつも並んでいる。それから、古風な人形や白いマリア像も。だが、一番気になるのは肖像画だった。20代か30代の女性が(あまりスマコンには似ていないと修平は思った)大きな潤いのある目でこちらをじっと見ている。そう、自分をじっと見ているのだ。そうとしか思えないくらい、その目には不穏な存在感があった。

「先生」

 修平は思わず尋ねた。

「あの絵に仲間が取りついてたりしない?怖いんだけど」

『何を言ってるんですか、何もありませんよ』

 先生の声は呆れていた。

「でもおかしくないこの家?外観は日本風なのに、なんで中がこんな洋風の広間とか暖炉なの?」

『建てた人の好みでしょうね。それより、ほら、須磨さんが戻ってきましたよ』

 スマコンは、細かい寄木細工の大きな箱を抱えて来た。けっこう重そうだ。顔が赤い。

「今日は徹底的に占おうと思って、色々な種類のタロットを用意しました」

「はあ……」

 修平は、箱の中にさらに小さな、しかも怪しい絵のついた箱がたくさん入っているのを見て、占う前から疲れてきた。

「その前にあなたの星回りですけれど」

「星占いもすんの?」

「あなたと『先生』は、違う年の同じ日に生まれているわね」

 スマコンがはっきりと言った。修平は驚いた。

「それ本当?でも先生は、若い頃の記憶がないから正確な誕生日はわからないって言って……」

「あるいは『創られた日』」

 スマコンがつけ足した。修平は黙った。箱の中から好きなカードを選べと言われた。写実的な絵のものが多く、生々しく感じられたので、一番装飾の少ない、シンボルマークだけのシンプルなものを選んだ。スマコンはそれを手に取るとテーブルの上に起き、寄木細工の箱からベルベットクロスを取り出して丁寧に敷いた。それからカードを箱から取り出し、慣れた手付きで切り、クロスの上でシャッフルした。手の動きが気持ち悪いなと修平は思った。こいつはベッドで相手を撫でる時にもこういう手付きをしていそうだと思った。しかも相手は女だ。なんとなく伊藤を思い浮かべてみたが、不思議なほどエロさを感じない。ありえない絵にしか思えなかった。

 ひととおり混ぜ終えてから、スマコンはカードを裏向きのまま並べ、一枚選んでみろと言った。

 修平は一枚取った。

「めくってみなさい」

 言われた通りにした。そこには、骸骨のマークがあった。

「やっぱり」

 スマコンが変に上ずった声を出した。

「やっぱりって何?」

「いいからもう一枚引きなさい」

 修平が引くと、棒が10本並んでいるカードが出た。

「ワンドの10。やっぱりそうだわ」

「やっぱりって何?」

「前にわたくしがあなたのことを一人で占った時にも、全く同じカードが出たのよ」

「マジ?で、これ、どういう意味?」

「これは『死』のカード」

 スマコンは骸骨を人差し指で叩きながら、修平の様子をうかがった。修平は表情を変えなかった。

「こちらはワンドの10。重荷、責任、手に負えないものを表すものよ」

「だから?」

「他の種類のタロットも引いてみていただけない?」

「俺帰りたいんだけど」

「お願い」

 スマコンは立ち上がりかけた修平の手をとって止めた。修平はため息をつきながら座り直した。それから、箱の中の全てのカード、10種類以上で同じことをしたが、なんと、どのカードから引いても、同じ2枚が必ず出てきたのだった。

「スマコン、占い師じゃなくて手品師なの?同じカードしか出ない細工でもしてんのか?嫌がらせか?」

「いいえ!違います!断じてそんなことはしていません!いえ、わたくしにはできません。これは……でも、そんな、ありえないわ……少々お待ちいただける?松枝にお茶を持ってくるように言いますわ。一度落ち着かなくては」

 スマコンは早口で言うと、部屋から駆け出していった。修平は疲れていたので、だらしなく背もたれに伸びた。

『須磨さん、だいぶ動揺していますね』

 先生が話しかけてきた。

「占い師が自分の占い見て動揺してどうすんだよ」

 修平は言ってから急に真顔になった。

「でもあいつ、才能あるよね。本当に何かの力持ってるんだよね、これ」

 修平はさっき引いた2種類のカードを指で1つずつ叩いた。先生は何も言わなかった。修平は色々な種類の『死』のカードを見比べていた。

「フォートナム・アンド・メイソンでございます」

 先程の老メイド、松枝が、ティーポットとカップを運んできた。魔女の呪文のようだなと修平は思った。

「あのー、スマコンは?」

「ご自分のお部屋で資料を調べておいでです。少々お待ちくださいませ」

 松枝はお茶をいれて、一礼してから出ていった。

「なんか俺、悪いことしちゃったかな」

『何がですか?』

「普通の女の子が同級生の『死』を意識したら、動揺して当たり前だよね」

『須磨さんは『普通の女の子』ではなさそうですが』

「だけど同い年じゃん。そっか、普通の同い年は死なんか意識しないよね」

 廊下から足音が聞こえた。スマコンが、マシュマロの大きな瓶を抱きかかえながらやってきた。

「何そのでかいやつ」

「わたくしの好物ですわ。お食べになる?」

「2個くらいくれる?」

 スマコンは瓶をテーブルに起き、蓋を開けて中身を取り出し、修平のティーカップのソーサーに置いた。真っ白い手。自分より青白いかもしれないと修平は思った。スマコンはマシュマロを口に入れ、ゆっくりと噛んで飲み込んでから、紅茶を飲んだ。

「わたくしとしたことが、動揺してしまいましたわ。ごめんなさいね」

「死の兆候が見えたからだろ?」

 修平が言った。スマコンは鋭い目で彼を見た。

「心配することないって。俺は生まれた時からずっと入院してて、ある意味死と隣り合わせだったから、それが出ただけだって。当たってるよ。完全に当たってる」

 スマコンはしばらく修平をじっと見てから、

「そんなに優しくしても、伊藤は渡さなくってよ」

 と言った。

「あ〜!そうだ!それも占ってくれない?」

 修平はわざと明るく大きな声を出した。

「図書委員になったからさ〜。伊藤と仲良くする方法を知りたいんだけど」

「な、何ですって!?」

 スマコンが両手をテーブルについて勢いよく立ち上がった。修平は驚いてのけぞった。

「あなたが?図書委員?伊藤の許可が出たというの!?」

「え?あ、そ、そうだけど?」

「まああああああ!!!」

 スマコンがものすごい大声を発した。

「なんてことでしょう!今までそんなことは一度もなかったのに!まあ!図書委員は伊藤そのものなのよ!?図書委員になるなんて!伊藤の中に入るようなものじゃないの!」

「何言っちゃってんの!?」

 修平は驚いて、慌てて立ち上がって後ずさりした。スマコンが怒りオーラを発し始めたからだ。ただし、伊藤の中に入るのは悪くないとも思っていたが。

「でも、ほら、図書委員ってもう一人いるだろ?原田先輩だっけ?」

「サボりの原田など、ものの数に入らなくてよ!」

 スマコンが迫ってきたので、修平はさらに後ろに逃げた。今日は本気で生きて帰れないかもしれないと思いながら。

「まあ〜伊藤ったら何を考えているのかしら!?手伝いが必要なら保坂や奈良崎をこき使えば良いでしょうに!」

「その発想も良くないと思うけど!?」

「まあ、いいわ」

 スマコンは急に冷静になり、席に戻ると、またマシュマロをつまんで紅茶を飲んだ。

「俺もう帰っていい?」

 呪い殺される前に、と心でつけ足した。

「良くってよ。本当はあなたの先生とゆっくりお話がしたかったのですけれど」

「そういうのは学校でやろうよ。あ、車出さなくてもいいからな!平岸の親父を呼ぶから。あの運転マジでやばいよ。そのうち絶対事故るって」

「わたくしも松枝には、いつもそのように言い聞かせているのですけど」

 修平は廊下に出た。玄関まで歩いていくと、スマコンが後ろからついてきた。

「あなた、もう、わかっているのね?」

 と、スマコンが後ろで言った。修平が振り返ると、スマコンは泣きそうな顔で、目に涙をいっぱいためていたので驚いた。少々だが、感動すらした。

「何を?」

「おわかりのはずよ」

 スマコンはそう言うと、さっと走って行った。

「やっぱりあいつ見えてんだね」

 修平は彼女の後ろ姿を見ながらつぶやいた。先生はやはり何も言わない。そのうち、平岸パパの運転する車がやってきた。修平は車内で、

「無理やり占いされてめっちゃ文句言われまくりましたよ。ところで何なんですかあのでかい家は?あそこの家金持ちですか?え?町長の家?町長ってそんなに儲かるんですか?裏金とか使ってない?だからスマコンは政治ネタばかり歌にするんですか?」

 とめどなくふざけた調子で話をし続け、平岸パパはワハハハハと豪快に笑いながら、安全運転で平岸家に戻った。



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