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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年6月

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2016.6.29 水曜日 サキの日記


 なんでこんな暑い日に、ホットコーヒーいれなきゃいけないのよ。


 あかねが文句を言った。アニメキャラの美少年が載ったうちわで、自分をあおぎながら。

 今日の気温は28度。東京より暑くなっていた。『コーヒーの入れ方を教わる』と聞いていたけど、実際はコーヒーメーカーの使い方と、ドリップコーヒーの少し丁寧ないれ方をやっただけだった。がっかり。学校祭は人が多くなるから、いちいちドリップでいれていては間に合わないかもしれないと松井マスターは言った。店のコーヒーメーカーを持ち込んだほうが良いという。


 たぶん、平岸さんに頼めば運んでくれるんじゃないかしら。

 

 あかねが不機嫌になったのは言うまでもない。その後は軽く接客の指導というか、来た客に一人一杯ずつコーヒーを運ぶよう言われた。練習だ。私が運んだのは70歳くらいのおばあさんで、くしゃっとした笑顔で『ありがとう』と言ってくれた。手が震えてコーヒーカップがカタカタと音を立てた。こぼすんじゃないかと心配したけど、なんとかなった。でも、一回やっただけなのにすごく緊張した。高条と、あとヨギナミも、これを毎日やっているのかと思うと、なんだか技能的に(というか、人間的に)引き離されているように感じる。別に、接客業を目指しているわけでもないのに。

 私は負けず嫌いだ。負けるのが苦手だから、トランプとかゲームとか、人と関わる勝負はしたくない。


 あかねはずっと機嫌が悪かった。最近いつも苛立っている感じだ。今日もこんなことを言っていた。


 第1グループが料理運ぶんだから、コーヒーもケーキも一緒にやらせればいいじゃない。あたしたちが何かする必要ある?接客なんてヨギナミ一人で十分でしょ?

 だいいち学校祭なんてめんどくさいだけなのよ。町のジジイとババアが若いもんに金投げて眺めながら『青春っていいわねぇ』とか『ワシにも若い頃があったのう』なんて思ってんの。バカみたい。


 口調も内容も辛辣すぎて、店内が静まりかえり、二人ほどいた客も、気まずそうにそっと会計をして帰っていった。


 ある意味営業妨害だぞこれ。


 高条が低い声で言った。あかねはコーヒーチケットを乱暴にカウンターに叩きつけるように置くと、店を出ていってしまった。ドアの閉め方まで荒かった。


 反抗期だわあ。


 松井マスターがつぶやき、修平がニヤッと笑った。高条は難しい顔のまま、


 コーヒー飲んでく?せっかく来たんだし。

 おごるから。


 と言った。ありがたく一杯飲ませてもらった。所長のコーヒーとも、平岸家のコーヒーとも違う味がした。





 平岸家に戻ると、大きなケーキがテーブルの真ん中に置いてあった。『ハッピーバースデー』と書いてある。

 今日は、あかねの誕生日だったのだ。

 朝のうちに言ってくれればよかったのに。何も用意してなかった。


 アマゾンギフト券、五千円以上。よろしくね。


 あかねは私にそう言った時だけ笑った。でも、あとはずっと、平岸パパとママがいくら盛り上がっても無反応。むっつりと黙ったまま、自分のケーキだけ食べて、早々に部屋にこもってしまった。残った私たちでごちそうを片づけた。


 あの子が誕生日を喜ばなくなったのは、いつからだったかしら。


 平岸ママがお皿を洗いながら、悲しそうにつぶやいた。私は自分の誕生日が8月に控えているのを思い出して憂鬱になり、あかねの気持ちが少しだけわかった。でも、きちんと当日に祝ってくれる平岸家と、うちは違う。


 母は必ず、当日をスルーする。

 数日遅らせてプレゼントを届ける。

 今年もたぶん、そうだ。

 でも、なぜだろう?


 残り物の肉類を全ていただき、お皿を洗うのを手伝ってから、『友達の誕生日にアマゾンギフト券買っていい?』とバカにメールしてみた。


 もっと心のこもったものを選べよ〜!


 と言いつつ、代金は出してくれた。

『BLに使うな』というメッセージつきで渡すことにした。あかねだって、たまには普通の本を読むべきだ。


 

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