2016.6.28 火曜日 放課後の教室 高谷修平
「つまり、新橋さんのあの彼女は、あなたの先生の教え子だった方なのね?」
外は汗ばむ陽気だ。高気圧のせいで、今日の秋倉は東京より気温が高くなっていた。日差しが強く射し込む教室には、修平と、佐加美月、ヨギナミ、そしてスマコンがいた。佐加はずっと不満を口に出していた。スマコンが苦手なので、この話に入ってほしくなかったのだ。
「でもなぜ今頃になって出ていらしたのかしら?お亡くなりになってからは、ずいぶんと年数が経っているのでしょう?」
「そうだね。もう17年くらい経ってる」
修平が答えた。
「本当に?サキなの?サキにも何かついてるの?」
ヨギナミが尋ねた。信じられない思いで。
「ええ、そうよ、わたくしにははっきりと見えました。紺色のブレザーを着た髪の長い女性が。あなたもご覧になって、お話までしたものね?高谷」
スマコンが言い、修平はうなずいた。
「何て言ってたのその女」
佐加が不機嫌な声で尋ねた。
「『どうしたらいいかわからない。サキから離れられないみたいだ』」
修平が言い、
「とてもお困りのようでした。控えめな方で、今までは出来るだけ姿を現さないよう努力されていたようです」
スマコンがつけ足した。修平は横目でスマコンを見て疑問に思っていた。彼女は、自分にはわからないことまで感じ取ったのか?それとも、単なる推測を話しているのか?
「奈々子さんは俺の親父と、結城の共通の友達」
「ユウキ?」
佐加が問い返した。
「研究所の金髪の助手」
「あー!あの人!?」
佐加が大きな声を出した。
「じゃあ、あの助手も関係あるってこと?あの幽霊に」
ヨギナミが尋ねた。
「大あり。むしろ、そのためにここにいるんじゃないかって俺は思ってるくらい。久方のことも初めから知ってて近づいた。こないだ親父と話したんだけど、同じ意見だった」
「え?それ、怖くない?」
佐加は言葉とは裏腹にうきうきした様子で言った。
「あの金髪、何か企んで所長と一緒にいるってこと?」
「決めつけるのは良くないわね。確かに怪しい話ですけれど」
スマコンが静かに言い、佐加は彼女をうっとおしげな目で見た。
「おい美月、いや、佐加」
藤木が教室に入ってきて、『学校では名字で呼ぶ』のルールに従って発言を正した。
「練習早く終わった。帰ろう」
藤木は柔道をやっていた。
「え〜?あたしまだ話し中なんだけどな〜」
佐加はそう言いながらも嬉しそうに立ち上がった。
「じゃ!後で話聞かせてね!」
とヨギナミにだけ呼びかけ、藤木と一緒に教室を出ていった。
「ヨギナミんとこに最近、橋本来た?」
修平が尋ねた。
「最近は来てないかな。少なくとも私がいるときには」
「いないときにはいらっしゃるということ?」
スマコンがヨギナミを見た。
「わからないの。お母さん、最近そういう話をしたがらないから」
「俺また遊びに行って話聞いていい?」
修平が言うと、ヨギナミは返事に困っているようだった。
「高谷、レディの家に気軽に入り込むのは、紳士のすることではなくてよ?」
スマコンがにやけた。
「いや、俺紳士じゃないし、それに……」
「ですから、わたくしの家にいらっしゃいな」
「それもまあ……えぇっ!?」
修平が驚き、ヨギナミも『何それ』と言いたそうな顔をした。
「一度、あなたと先生のことをじっくり占ってさしあげたいと思っておりましたの。どうかしら?土曜日にでもいらしたら」
「いや、それはちょっと」
「心配しなくても良くってよ。深い意味などありませんもの」
「意味ないんなら行く必要もないと思わない!?」
「まあ、口が上手いのね。あいにくですけど、もう決まっておりますの。あなたがわたくしの家に来ることは」
スマコンは立ち上がって少し歩いてから振り返り、
「土曜にうちの車を平岸家まで出しますから、乗っていらっしゃいな。それでは、ごきげんよう」
にっこり笑って、教室を出ていった。修平は『うわ〜』と言いながら机に突っ伏した。
「俺、無事に帰れる気しないんだけど。助けて、ヨギナミ」
修平は小声でわめいた。ヨギナミは、
「悪いけど、土曜はバイトがあるから……」
とつぶやいてから、佐加美月に今聞いたことをメールで送った。
『マジ!?
怖っ!
呪われんじゃね?』
という返事が、すぐに来た。




