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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年6月

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2016.6.26 日曜日 松井カフェ

 勇気は良い孫だ。

 店の手伝いもしてくれるし、年寄り相手にも無愛想にしたり、悪口を言ったりしない。たいしたことは教えていないのに、礼儀正しく接客もできる。全く店を手伝わずに家を飛び出し、いい年をした今でも人をババア呼ばわりするあの娘の子供とは思えないくらいだ。

 松井マスターは、カウンターで勉強している勇気を気にしながら、客にコーヒーのおかわりをついで回っていた。いつもの日曜より人が多い。天気は雨で、低気圧の影響でこれから荒れそうだというのに。どこか、近くの町でイベントでもあったのだろうか。それとも単純に、みんな日曜に暇を持て余して、少し遠くの店まで出てきてしまったのだろうか。


 よう、勇気。


 保坂秀人が店に入ってきて、勇気に声をかけて軽く手を上げた。後ろには奈良崎保もいる。友人3人で集まって、マスターにはわからない最近の音楽の話を始めた。

 若者は、音楽が好きだ。

 いつの時代もそう。

 でも大半は、いずれ聴かなくなっていく。中年を過ぎた頃、新しい音楽を全く聴かなくなった自分に気づいて、そもそも若い頃はなぜあんなに音楽に夢中だったのかと、不思議に思ったりするのだ。

 松井マスターは若者を見ながら、自分が若い頃に聞いていた音楽を思い出そうとした。でも、あまり覚えていないことに気づいた。

 松井マスターは若い頃、あまり音楽を聴いていなかった。気軽に音源が手に入る時代ではなかった。テレビやラジオだけが情報源だ。ジュリーなんて今は誰も知らないだろうし。昔は本当にかっこよく見えたけど。夫と結婚してから、ここのカフェで、つまり、ラジオで聞いた曲のほうが印象に残っている。夫が好きだったのはフォークソング、しかも、反戦とか平和とか、難しいテーマのものが好きだった。ホフ・ディランを一時期好んでかけていて、店の客と論戦して喧嘩したこともあった。

 そんなことを思い出していると、


 俺、研究所の結城さんにピアノ習うことにしたべ。


 保坂秀人がそう言っているのが聞こえた。マスターは以前店に来た、態度の悪い金髪の男を思い出した。思わず耳をそばだてた。


 だけど、あそこに行くと絶対、新橋がちっちゃい所長と一緒にいるんだよね。あれはもう、付き合ってるようにしか見えないべ。


 うわ〜、マジか〜!


 奈良崎が伸びをしながら叫んだ。


 そうだ、新橋さんかわいいもん。大人に好かれるって。

 でもあの所長、今いくつなの?


 知らね。見た目は子供っぽいべ。


 というやりとりを聞いたあと、勇気がいきなり、


 それは良くないよ。あの人見た目よりかなり年上だよね?ばあちゃん。


 孫に尋ねられて、松井マスターはどう答えたものか迷った。ここによく来る『おっさん』は50代くらいの話し方をしているが、『久方さん』の方がいくつなのかは、マスターも知らなかった。子供のような見た目で、正確に判断しづらいのだ。


 仮に30代だとしたら10歳以上離れてるべ。


 保坂が言った。すると、3人ともしばらく黙ってコーヒーを飲んだり。スマホをいじったりした。おそらく、与儀の奥さんと保坂の父の不倫を連想して、話題に出すのを避けたのだろう。

 その後、3人の興味は動画に移った。最近、勇気はねこの動画を撮らなくなった。あまりにも嫌われていて、近づくだけで威嚇されるようになってしまったからだ。今もねこは窓際に丸まり、こちらを警戒して動かない。


 何か、再生回数稼げるネタない?そうだ、その研究所って呼ばれてる廃墟、ロボットがいるって言ってたよね?


 勇気が保坂に尋ねた。


 いたいた!昔の映画のパクりみたいな頭の丸いやつが!

 廊下走ってんの見た!


 保坂が答えると、奈良崎と勇気が揃って『お〜!』と声をあげた。


 撮らせてもらえないか頼んでみよう。


 奈良崎が言い、勇気が、


 いつにする?今すぐ行っちゃう?


 と、待ち切れない様子で言うと、


 いや、先に所長に撮っていいか聞いてみたほうがいいべ。木曜に話してみる。


 と保坂が真面目に言った。


 うわ〜楽しみ!!


 奈良崎が大声を上げたので、松井マスターは『静かに!』と口元に指をあてて注意し、新たにやってきた客に水を運びながら、


 面倒なことにならないといいけど。


 と、心配していた。



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