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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年6月

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2016.6.18 土曜日 サキの日記

 朝食の時も夕食の時も、修平が一言もしゃべらない。静かでいいけど、何が起きたのか気になった。あかねには『ケンカでもした?』と聞かれた。なぜ私が原因だと思われているのかがわからない。関係ないと言っといた。

 

 それは、先生の幽霊のせいじゃないかな。

 こないだ、ここに来てたでしょう。


 所長は、高谷が取りついていると言いはっている幽霊のことが気になるようだ。


 あいつの友達だったにしては、見た目も話し方もしっかりした大人だったよ。たぶん、成人してだいぶ経ってから亡くなったんだろうね。

 それにしてもまだ若いよ。なんで死んだのか、それがすごく心配なんだ。殺されてないといいけど。


 殺されたとしたら、犯人は一人しかいない。それが怖いと所長は言った。それはやはり、母親のことだろうか。

 それから、傘とレインコートを出して、雨の中を散歩。今日はカタツムリはいなかった。雨は強まったり弱まったり、とにかくずっと降り続いている。暗くて、一人で歩いていたら絶対怖いと思うけど、所長は全く気にしていないようだ。

 

 人がいなくて何にもないの、怖くないですか?


 僕は人の方がずっと恐ろしいと思うけど?


 歩いている間、話したのはそれくらいだった。所長は雨粒のきらめきや草花に夢中で、私はそんな所長を、ぬかるみに足を取られながら観察していた。やっぱり所長、人間というよりは森の妖精に見えてしまう。あまりにも景色に、雨の色に、溶け込みすぎていて。子供みたいだとも思った。いや、今の、ネットで世の中を知りすぎた子供なんかより、ずっとまっさらな存在に見える。


 イメージ、イメージ。

 勝手なイメージを持つのは良くない。


 研究所に戻ってから、平岸ママが学校祭のために試作したケーキを食べた。あかねに文句を言われまくったせいか、デコレーションの全くない、シンプルなパウンドケーキだった。ほのかにオレンジの味がする。

 ケーキに誘われたのか、結城さんがやってきて、かごの中からケーキをつかみ取って、かじりながら二階に戻っていった。


 昨日出かけたと思ったら、ピアノの教則本を買ってきてずーっと見てるんだよ。保坂君のためかな。給料もらってる僕のことは放置してるくせに。ピアノのことになるとやけに熱心になるんだなあ。


 本気で教える気だ。私も習おうかなと言ったら、所長は嫌な顔をした。


 やっぱりピアニストを諦められないんでしょうか、結城さん。


 諦めてない。

 絶対諦めてないよ。

 未練タラタラなんだ。


 ピアノの音が聞こえてきた。何の曲かわからなかったけど、単調で、練習曲か、指の運動だと思う。


 これを毎日聞かされるのか……。


 所長は天井を見上げてから、コーヒーを一気に飲み干した。




 試験がもうすぐなので、午後には帰って勉強した。月曜は、秋倉高校に来て初の中間試験。学校でテストなんて久しぶりだ。前の時は、帰りにノノバンにからまれて金貸せとか言われて逃げたっけ。

 嫌なことを思い出してしまった。

 もうあの頃とは違う。今のクラスには、何をどう間違っても、人からお金を巻き上げようとしたり、通りすがりにお尻を触ってきたり、親や劇団のことでウソの噂を流したりするような人は一人もいない。前はクラスの他の人にはほとんど興味がなかった。今は人数が少ないせいか、誰がどんな人か、全員、なんとなくわかる。

 大丈夫。

 もう大丈夫。

 そんなことを自分に言い聞かせていたら、1時間くらい無駄にしてしまった。本当にいじめって罪深い。

 これ以上過去に足をさらわれたくなかったので、夕方まで真面目に英文法の問題集をやった。夕食後に数学をやる予定だったんだけど、2問くらいでもう疲れてきた。なぜ数学はこんなに難しいんだろう?よく『女の子は数学ができないせいで人生の可能性を狭めている』と本に書いてある。本当はできるようになりたい。でも致命的に向いてない。教科書見てもなにがなんだかさっぱりわからない。

 ヨギナミ、数学得意だって言ってたな。

 なのに貧乏だから大学に行けない。

 世の中は理不尽だ、と物思いにふけって、また時間を無駄にした。

 いけない、明日はちゃんとやろう。





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