2016.6.17 図書室 高谷修平 伊藤百合
低気圧で外は雨。最近は雨ばかり降っている。『北海道にも梅雨が来るようになった』などと言う人も出てきた。温暖化は確実に、ここ秋倉町にも影響を及ぼしている。
「何の用?」
図書室のカウンターで、伊藤百合が高谷修平をにらみつけていた。相変わらず本は借りずに、冷やかしに来ているだけだ。しかも毎日。
「いや〜、雨の日ってだるいんだよね。体が重くて」
修平はまたカウンターの前に椅子を持ってきて座り、頬杖をついて笑った。
「じゃあ、帰れば?」
「伊藤ってさ〜、一人でここやってんの?他の委員は?」
「図書委員は私と原田先輩しかいないんだけど、原田先輩は本が好きというよりは、書類に書ける活動履歴が欲しいだけみたい。来ないんだよね、ここには」
「ひでぇ先輩だね。じゃ〜さ、俺が図書委員やっていい?」
冗談じゃない。
伊藤は思っていた。せっかく一人で気分良く活動できる場所を確保したのに、こんなのに来られてはたまらない。
「必要ありません」
「いいじゃん、俺、ここに来てからやることないし、同じグループの奴らもなんか冷たいし」
「それはあなたの態度が悪いからです!」
伊藤がはっきり言うと、修平が真顔になった。
「俺って、そんなに態度悪い?」
「えっ?」
真面目に問われて、伊藤の方が驚いた。
「もしかして気づいてなかったの?わざとふざけてるんじゃなくて?」
「俺がいつふざけた?いつだって真面目に話してるんだけど」
そのしゃべり方が駄目なんだろうが。
伊藤はそう言いたくなったが、ストレートに指摘しないほうがいいような気がした。高谷修平は今、本当に悲しそうな顔をしていた。
「あー」
伊藤は頭の中で言葉を選んでいた。
「はっきり言っていいよ」
修平はまじめに言った。
「あのね、話し方がまずいと思う。ヘラヘラしてるの。人を馬鹿にしているように見えてるの。だから、クールな人が多い第3グループでは浮くんじゃない?他のグループには同じキャラがいるけどねえ」
「同じキャラ?誰?」
「佐加と奈良崎」
「えっ……?」
修平は目を見開いて口ごもった。あんな軽くてうるさい奴らと同類だと思われているとは夢にも思っていなかったのだ。しかも伊藤百合に。衝撃だった。
「第3はみんな無口じゃない?平岸さんはともかく他の二人は。真面目で大人しくて内向的で。合わせようとしたら工夫しなきゃ駄目。私思うんだけど、高谷は極端な外向型なんじゃない?」
「どこが?自分では内向的だと思ってたけど」
『内向的』の意味が本当にわかっているのだろうか。伊藤は心の中で、内向型に関する本を何冊か選んでいた。図書委員のクセのようなものだ。困っている人を見ると、それを解決するための本を渡したくなる。
「やっぱり、もっと本を読んだほうがいいと思うな」
「入院中にさんざん読んだよ。あのねえ、俺には24時間家庭教師がついてて、やたらに本を読め読めって言ってくるから、主要な文学は一通り読まされたって!」
だから本を借りたくなかったのか。伊藤はやっと事情が読み込めた。単なる本嫌いではなかったようだ。
「文学以外にも、読まなきゃいけない本はいくらでもあります」
伊藤は立ち上がって本棚の奥に行くと、マーティ・O・レイニーの内向型の本を持って戻ってきた。
「初めての貸出ね。やっと貸出カード使える!!」
伊藤は『高谷修平』のハンコが捺してあるカードを、小箱からうれしそうに取り出した。修平は、その本はもう読んだことがあるような気がしたが、内容を覚えていないし、伊藤が楽しそうにしている様子を見たら断れなくなった。黙って本を受け取り、不満を顔に出しながら図書室をあとにした。




