表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年6月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

375/1131

2016.6.15 水曜日 研究所

 

 ねえ、有名なギタリストが僕のことを覚えていたよ。

 僕もギターが弾きたかったけど、手が小さいからあきらめたんだよね。


 久方は部屋に入ってきたかま猫を抱き上げて、撫でながら話しかけていた。助手は、テレビの前のソファーから『細菌の塊』をにらみつけていた。


 猫にそんな話しても通じないって。

 ウクレレでも弾いてろ。麦わら帽子にお似合いだ。


 助手はテレビをつけながら皮肉を言った。


 あれは麦わら帽子じゃない、カンカン帽だよ。


 久方は訂正しながらかま猫を床に下ろした。かま猫は助手に向かって真っ直ぐに走っていき、肩に乗った。助手は硬直したまま動かない。


 なんでこんな奴が好きなのかなあ。

 かま猫も、サキ君も。


 久方にはそれがどうにも解せなかった。早紀が助手を強く意識しているのは態度から間違いない。助手の方も早紀が来ていると様子がおかしい。何より、ピアノの音が全く違う。乱暴さが減り、なんとも気持ち悪い、いや、感情がこもった演奏をするようになってきた。


 ごはんを取ってくるよ。


 久方は部屋を出た。数日続いた雨も止み、今日は穏やかな日差しがある。外に出ないわけにはいかない。しかし、せっかくかま猫が来てくれたのだから、もう少し様子を見ることにしよう。

 久方がキャットフードの缶を持って部屋に戻ると、かま猫はいなくなっていて、助手は必死の形相でソファーに除菌スプレーをかけまくっていた。外に出て裏の割れ目も見てみたが、かま猫の姿はなかった。久方はそのまま散歩に行くことにした。




 あれ〜?所長いないの?


 窓から女子高生、佐加美月が現れた。後ろにはヨギナミもいる。助手、結城は、除菌スプレーをカウンターに置き、愛想笑いを作って窓を開けた。


 久方なら出かけてるけど。


 佐加はヨギナミの方を振り返り、『どうする?』と聞いた。ヨギナミは首を縦に振った。何の話だろうか。


 こないだおっさんから聞いたんだけどさ、所長って昔、お母さんに無視されてたんだって?存在を。

 しかもさ、去年の夏に、そのお母さん、ここに来たんだって。

 何か知ってる?



 結城は去年の夏を思い出そうとした。あれは8月の終わり頃だ。久方から札幌の病院まで来てほしいと連絡があり、休暇中なのにと苦々しく思いながら行ってみたら、大パニックが起きていて話が通じず、危うく入院させられるところだった。あの時だ。

 そうだ、そうだったのか。



 お母さんって、久方の母親が?ここに来たって?


 結城は焦りながら聞き返した。それはまずい。居場所を知られているということだ。


 うん、おっさんが言ってたから間違いないよ。

 所長はお母さんの顔を見ただけでショックで倒れたって。


 佐加が珍しく静かな声で話している。深刻な話だと理解しているのだろう。


 それはまずいぞ。別な所に身を隠したほうがいいな。

 でもあいつ絶対動こうとしないな。『サキ君』のせいで。


 結城は顔をしかめた。説得するところを想像しただけで、ガキんちょのキンキン声が聞こえてきて不快なくらいだ。とても言い出せない。しかし。


 やっぱり危ない人なの?そのお母さん。


 ヨギナミが尋ねた。


 危ないなんてもんじゃない。

 悪いけど俺やることができたわ。今日は帰ってくれる?


 女子高生二人は大人しく去っていった。結城は久方を探すために外に出た。

 今日という今日こそは、問いたださなければならない。



『なぜ戻ってきたんだ。せっかく逃げられたのに』

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ