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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年6月

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2016.6.5 日曜日 図書室 高谷修平

「何?また幽霊の話しに来たの?本は?」

 図書室。伊藤百合が、カウンターに近づいてきた修平をにらんだ。本は絶対借りないくせに佐加とうるさく騒いだり、話しかけてきたりするから嫌がっているのだ。

「伊藤に会いに来たんだけど〜?」

 修平はふざけた声で言った。後ろで『先生』が頭を抱えていることには気づかずに。

「ふざけてんなら帰ってくれる?図書室は話すところじゃないの」

 伊藤は小声で抗議した。

「ねえ、実際どうなの?」

 修平は気にせずに、椅子をカウンターの前に持ってきて座った。

「スマコンは伊藤のことになると俺に文句言って絡んで来るし、保坂に聞いた話だと、奈良崎は中学んときから伊藤ちゃん一筋だって。どうなの?どっちが好きなの?」

「どっちも同じグループの友達です。本を借りないなら帰ってください」

 伊藤は事務的に言って、後ろの棚から『鏡の中の女たち』という本を取り出して読み始めた。無視する気だ。

「スマコンって本当にレズなの?」

 修平は小さな声で真面目に尋ねたつもりだったが、声は予想外に室内に響き、自習していた先輩全員がカウンターを見た。伊藤は本を見たまま答えない。

「それ、何の本?」

「女性画家の本。レメディオス・バロの絵が載っている本はすごく珍しい。他のは絶版になっていて、この本も今では手に入りにくい。本ってね、売れないとすぐに発行されなくなって消えていくから、消えないうちに大事なものは確保しなきゃだめなの。良いものが売れるとは限らない」

「絵、好きなの?」

「見るのはね。描く方は全然だめ」

 よーし!と修平は心の中で喜んでいた。伊藤は本の話なら進んでしてくれるようだ。そうとわかったら話は早い。もう少し突っ込んでみよう……と思った時、


「また伊藤につきまとっているのね……?」


 気配なく、修平の真後ろに須磨今スマコンが現れた。修平は驚き、椅子から飛び退いた。

「な、な、何しに来たんだよ!?」

「ここは図書室なのですから、本を借りに来たに決まっているでしょう。ねえ?伊藤」

 スマコンは伊藤に優しく微笑みかけた。伊藤はちらっとスマコンを見ただけで、また本の絵に目を戻した。いつもスマコンは欲しい本を自分で買い、ここでは借りないということを知っているからだ。高谷と同じで、自分に会いに来たに違いない。それが良いことなのか悪いことなのか、伊藤にはわからなかった。

「あら、また、あなたの『先生』とご一緒なのね?」

 スマコンが『先生』がいるあたりを見てにっこりした。『先生』は頭を抱えるのをやめて顔を上げ、スマコンを見た。

 間違いない。この子には自分が見えている。

「わたくしにはわかるわ。あなたは魂の底から、人を導くティーチャーであり……」

 スマコンは『先生』に近づき、目を真っ直ぐに見つめて、こう言った。

「どうやら、普通に生まれたのではなく、『創られた存在』のようね」

 修平はハッとしてスマコンを見た。創られた存在?それはどういうことだ?

「そしてその創り主は、久方さんと深いつながりがある」

 スマコンは笑いながら向きを変えると、本棚の奥に行ってしまった。

「スマコンは霊感が強いって自分で言ってるけど」

 伊藤が本を見たまましゃべった。

「だからってあなたの嘘に付き合わなくてもいいのにね。しかもまた久方さん?平岸さんも新橋さんもそうだけど、みんなあの人のことで空想しすぎじゃない?」

「嘘じゃない」

 修平は震えた声でつぶやいた。

「本当のことなんだ。だからスマコンには見えてる」

 伊藤が顔を上げると、修平がふらついた様子で図書室を出ていくのが見えた。



「先生」

 校舎を離れてから、修平が話し始めた。険しい表情で。

「さっきスマコンが言ってた『創られた存在』ってどういうこと?」

「『初島緑が創り出した存在』ということです」

『先生』はためらわずに答えた。

 修平は立ち止まり、先生の顔を見つめた。怯えた様子で。

「あくまで、初島がそう言い張っているだけです。証拠はない。確かめる術も今となっては、ない」

『先生』の顔は真剣だった。

「途方もなく馬鹿げた話に聞こえるでしょう?ですが、もし、ですよ?もし本当に初島にそんな真似ができるとしたら、考えてみてください。『久方創』という人物は、どんな子だと思います?」

「『創られた存在』?」

 修平がつぶやいた。

「ありうると思うんです。もちろん証拠はない。DNA鑑定でもしてみたらわかるかもしれません。今のところはただの仮定です。事実としてわかっているのは、初島が僕を創り出したと言っていたこと、僕自身に17歳より前の記憶がないこと、それだけです」

「なんでもっと早く話してくれなかった?ずっと一緒に行動してたよね?俺たち」

「私自身、確信が持てない話だからです」

『先生』は目を伏せていた。

 修平はしばらくその場に立ち止まり、その意味を考えようとした。寒気とめまいが同時に襲ってきそうだった。

 今日は帰って休んだほうがいい。修平は無言で帰り道を急いだ。明日にでも久方に会いに行かなければ、何かを聞き出さなければと思いながら。何でもいい、昔あったことの断片でも、単に感じただけのことでも。

 とにかく、何かを、聞き出さなくては。



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