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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年6月

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2016.6.2 木曜日 ヨギナミの家

 夕方。

 ヨギナミは熱を出して家で寝ていた。

 学校もバイトも休みだ。


 早く治さなきゃ。

 休んだら給料が減って、生活費が足りなくなっちゃう。


 今日の分どこを削って収支を合わそうか。ヨギナミはそればかり考えて、横になっていても気が休まらない。

 母は今日、やたらに動き回ってゴソゴソとキッチンの棚や冷蔵庫をあさっていた。自分の食べたいものを探しているだけで、風邪をひいた娘を気づかう様子はない。自分で料理を始める気配もない。ヨギナミは今日、朝から何も食べていなかった。


 あさみ!奈美ちゃん!いる?大丈夫?


 ドアを叩く音とともに、平岸ママの声がした。母が顔をしかめながらドアを開けると、鍋を持って微笑む平岸ママと、なぜか、気まずそうな顔の『おっさん』が立っていた。


 カニ缶があったのを思い出したから雑炊を作りましたよ。キッチンを借りるわね。あら、あさみ、何ですかその顔は。早くこっち来て手伝ってちょうだい。


 平岸ママは、嫌がる母をむりやりキッチンに引き込み、


 まあ、きれいに片付いているのねえ!


 と、わざとらしい大声で叫んだ。それから鍋を火にかけ、母と世間話を始めた。

 おっさんは寝ているヨギナミに近づき、


 うっかり道で鉢合わせちまったんだよ。


 嫌そうに顔を歪めてから、


 大丈夫か、けっこう熱あるだろ。顔が真っ赤だぞ。


 と言って、ヨギナミの額に触れた。小さな手はひんやりとしていた。


 風邪、うつるよ。


 所長に、と言いかけてヨギナミは言葉を止めた。


 もう来ちまったんだから仕方ないだろ。

 お前は普段から働きすぎなんだよ。

 今日くらい休んでろ。


 平岸ママが鍋を持って戻ってきた。母は不自然な動作でゆっくりと鍋敷きをテーブルの中央に置き、平岸ママが鍋を載せて、ヨギナミとおっさんの顔を見て微笑んだ。

 食事の間、平岸ママは『さすが私が作った雑炊、うまい!』と、自画自賛を独り言のようにしゃべり続けていた。沈黙が苦手なんだろうとヨギナミは思った。母とおっさんはひたすら黙って食事を口に運んでいた。

 母は自分の分を食べ終わると、ふてくされた顔でベッドにもぐってしまった。『まあ、機嫌が悪いこと!』と平岸ママがふざけた声でつぶやいた。ヨギナミは片付けをしようと、使ったお椀をまとめてキッチンに運ぼうとしたが、平岸ママに奪い取られ、おっさんにも『いいから寝てろ』と言われ、仕方なく布団の中に戻った。キッチンからかすかに話し声が聞こえる。

 平岸ママと幽霊。

 何を話してるんだろう?

 気になったが、ヨギナミの思考はすぐに『バイト休んだ分の生活費どうしよう』に戻った。食費を減らすしかない。でもどこを減らそう?こういう時に限って母が『今日は牛肉が食べたい』などと言い出さないだろうか。そういうことが起こると必ずもめて、すねて、面倒なことになる。考えただけで熱が上がりそうだ。

 洗い物を終えたあと、『役目を終えた満足感』をあからさまに発しながら、平岸ママは鍋とともに帰っていった。

 おっさんはしばらく、母、あさみと娘、ヨギナミのちょうど中間のあたりに座り、ぼんやりと壁のあたりを見つめていた。その後、すっと立ち上がり、


 たまに様子を見てやれよ。それくらいできるだろ?


 言葉とは裏腹に、控えめな優しい声で言ったあと、服のポケットから千円札を数枚無造作に取り出し、ヨギナミの枕元に押しつけるように置いて、いらないと言う間もなく外に出ていってしまった。





 

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