2015.10.2 高谷修平と もう一人
「なんでそんなに公園好きなの?」
もう、同じ質問を何回もしている。高谷修平は常に自分の隣にいるメガネにスーツの男を、うっとおしそうな顔で見上げた。大袈裟なほど晴れ晴れした顔をしており、とても嬉しそうだ。
『自然の中を歩くのは、いつだって気分がいいものですよ』
古くさいデザインのメガネをかけた人物は、こころもち上を向きながら、いつも通りの丁寧語で答えた。
『それに、修平くんがここまで体調よく外を歩けるのは珍しい』
「うるせーよ先生、もう帰るか?」
いつも通りの反応だ。
『先生』は呆れた顔の中に寂しさを覗かせた。彼は行き先を自分で選ぶことができない。ただ修平のあとをついていくだけだ。
その修平は、人生のほとんどを病院の個室か、自宅の部屋の中で過ごしていた。小学生のころは、子供はみんな病院にいるものだと勘違いしていた。『健康な子は家から学校に通う』と知ったとき修平が受けた衝撃を、二人ともまだ鮮明に覚えている。
「いーよ別に。俺だってまだ帰りたくない……見て」
修平は急に素早く動いたかと思うと、丸く刈られた植木の影に隠れた。
向こうのベンチに、ソフトクリームを変な仕草で舐めている女の子がいる。おかっぱ頭で、制服を着ているところを見ると中高生だろう。
『この寒いのにアイスですか』
「先生は隠れなくてもいいだろ」
修平は隣にしゃがんだ『先生』を見て、あからさまに馬鹿にした顔をした。
「誰にも見えないんだから」
『いや、でも』
修平はハエを追い払うように手を振り、『先生』は普通に立ち上がって、苦笑いしながら手のかかる生徒を見おろした。
「あれ、新橋さんの娘だ」
修平は楽しそうに笑った。
「こないだ見舞いに来たときに写真見たの覚えてない?」
『先生』は全く覚えていなかった。修平はやたらに記憶力が良いのだ。病院にいる患者や先生、看護師、はては見舞いに来た人間の名前と顔まで全て覚えているほど。
自分といえば……『先生』は考える。主治医と数人の看護『婦』しか覚えていない。『先生』が生きた時代はそう呼んでいた。
「先生のくせになんでそんなに頭悪いんだよ!?」
『すみません』
「謝るなって!」
女の子が急に立ち上がってこちらを向いた。修平は弾かれたように走り出し、『先生』もついていった。
予想通り、10メートルも走らないうちに修平は走るのをやめ、道の真ん中で立ち止まった。
『まだ走るには早い……』
「うるさい」
修平は苦しげに肩を上下させながら、それでも強い口調で言った。
「帰る」
修平は『先生』の顔を見ずに、ゆっくりと前に進み始めた。『先生』は悲しげな顔をしたが、それは、久しぶりの外出が中断されたからではなかった。
公園を歩いていた多くの人は、不審な目で修平を見ていた。
なぜこの少年は、さっきから『一人で』空中に向かって話をしているのだろうか、と。




