2016.5.28 松井カフェ 高谷修平
「あいかわらず、あいつはネットビジネスに夢中なんだ」
松井カフェ。常連のトラック運転手が妻の愚痴を言っている。隣には久方(『別人』のほうだ)がいて、コーヒーをすすりながらニヤニヤしていた。
「服だのバッグだのを売ってんだよ。それで偉そうにしてんだよ。家の中が商品やら、自分で買った変な雑貨で散らかっててよ、片付けねえのかって言っても今取引で忙しいとかよ、株でもやってんのかって聞いたら、お客様との交渉だとよ。おまえな、おまえがそこに積んでる商品を売れるのは、オレみたいな運ちゃんが日昼夜休みなく働いているからだぞって俺は言ってやったんだよ。あいつ無視するんだよ。あ、マスター、コーヒーもう一杯くれ」
松井マスターが苦笑いしながらおかわりを注ぎ、運ちゃんはそれをヤケ酒代わりに一気に飲み干した。
後ろの席には、高谷修平と高条勇気がいる。
「あのおじさん、常連?」
修平が小声で尋ねた。
「ほぼ毎日、ここで昼メシか、今くらいの時間に休憩に来るかどっちか」
勇気は興味なさそうに答えた。
「うちのコーヒーと平岸さんのお母さんのお菓子で決まりな」
二人は学校祭の話をしていた。
「平岸さん、すげぇやる気ないよ。ママは協力してくれるけど」
「だろうな。俺もやる気はない」
「おーい……」
「でも、金になるかもしれないと思って、やる気を出そうとしている」
「あ、そう、まあいいや。一回4人で集まって話し合わない?」
「平岸は話し合いに乗らないんじゃないか?」
「でも同じグループだしさあ」
「そもそも転校生を集めてグループ作らせるのおかしいと思わなかった?町のことも学校のこともわかんないし、平岸はそういうの教えてくれるタイプじゃないし。もっと慣れたやつと均等にグループ分けするべきじゃ……」
勇気がクラスのグループ編成に文句をつけているのを、修平は話半分に聞きながら、カウンターにいるもう一人の『おっさん』に注意を向けていた。さっきの運ちゃんはもう出発したようだ。
「最近来なかったわね。何をしていたの?」
松井マスターがおっさんに尋ねた。
「創と話そうとしてたんだ。たいてい『うるさい』『そんな話は聞きたくない』って言われるんだけどな」
おっさんはゆっくりとコーヒーカップを置き、ため息をついた。
「でも、前よりはましだ。前はいくら話しかけても無視されていたからな。今は少なくとも、俺の言うことは聞こえているらしい」
修平は注意深く声の調子を探った。確かにこれは久方ではない。『橋本旭』だ。どうやら久方は最近態度を少し変えたらしい。しかし不思議だと修平は思った。自分に四六時中とりついている存在を、そんなふうに頑なに無視し続けられるものだろうか?一体今までどうやって暮らしていたのだろう?
修平は自分の『先生』を振り返った。無表情で、カウンターの小さな人を見つめ、一言も発しようとしない。
「おい、お前話聞いてないだろ」
勇気がテーブルを叩いた。修平は驚いて少し跳ねた。
「あーごめん。クッキーうまそうだから買おうか迷って」
修平は軽くごまかした。
「で、新橋さんはいつここに連れてくる?」
「へ?」
「お前が言ったんだろ、同じグループだから話し合いしたほうがいいって」
「あ、そうだった!そうだなー。てっとり早く明日は?」
「明日の昼でいい?」
「ついでにここで昼メシ食っていい?って平岸家に聞いとく」
修平は言いながらカウンターの松井マスターに笑いかけた。マスターは『いつでも歓迎よ』という笑みを返してきた。
小さなおっさんが、ちらりと修平を見た。
気づいているはずだ。かつての親友の存在に。でも近づいてこない。話したくないのだろうか。
「そろそろ時間だから俺帰る。新橋さんには夕メシのときに言っとくね〜」
修平がにやけながら立ち上がると、勇気は一瞬顔をしかめた。
「あいつさ、絶対新橋さんを気にしてるよ」
店から離れたところで修平が言い、『先生』は呆れた。
『またそんなことを。何を根拠に?』
「先生、一緒にいたくせに気づいてねえの?あいつ学校でも新橋さんの方ばっかチラチラ見てるよ。そのうち佐加に気づかれてからかわれるって。でもさあ、あいつ金儲けしたい奴だから、動画撮って利用したりしようとしてないか気になるんだよね。新橋さん、顔きれいじゃん?本人気づいてなさそうだけどさ」
『またそんな邪推を』
「それより先生、橋本と話したくなかったの?目の前にいたのに」
『先生』は黙ってしまい、答えない。
悩んでいるのだろう。修平は長いつきあいで、橋本の話は何度も聞いていた。いつも廃ビルの屋上で一緒に遊んでいたこと。時にふざけたり怒られたりしながら、いろいろな本について教えてもらい、二人で人生について深く語り合ったこと……。そんな相手と再会して、話したくないはずがない。きっと、久方創に与える悪影響を心配しているのだろう。それか、自分への影響か。
この『先生』は、生前の職業のせいか、どうも他人のことばかり気づかう癖がある。死んだ今になってもだ。修平はそれが気に入らなかった。
「話したくないの?珍しいね。まあいいや」
わざと大きな声を出した。
「あとで何か気づいたら教えて。それより新橋さん、カフェに来てくれっかな〜?なんかさあ、俺も高条も嫌われてるよね。同じグループなのに」




