2016.5.24 火曜日 体育の授業中 高谷修平
体育館。
第1グループと第2グループがバレーで勝負している。横には第3グループの平岸、新橋、高城がやる気なく体育座りしていた。
修平は少し離れた所から、授業を『見学』していた。今日は朝からあまり調子が良くなかったが、安易に学校を休みたくなかった。前に休んだときには『前の日にゲーセンで遊んでたんでしょ?サボりじゃないの』と新橋に言われた。普通の同年代はあれくらいの外出では疲れないのだと思い知らされた。
「俺のグループ、みんなやる気ねえなあ」
修平は遠巻きに『仲間』を見ながらつぶやいた。杉浦とスマコンが真剣勝負ゾーンに入ったせいで、第1と第2の戦いはかなり盛り上がっていた。サーブが入ったり外れたりするたびに『イェーイ!』だの『うわ!今の悔しい!』だの『喰らえ杉浦!』『その程度の攻撃が僕に効くと思うか!?』などと、大げさに思えるほどみんなテンションが高い。
次にどちらかと自分のグループが戦うのだが、第3の三人はやる気が全くない。
「せっかく健康なくせになー。俺はやる気満々なんだけどなー」
誰にも聞こえない声でつぶやいた。
『体育は嫌いな生徒は本当に嫌いですからね』
新道『先生』が、生きている者たちを眺めながら苦笑いした。
『僕も正直、スポーツは苦手で』
「そうだったっけ。でも先生、背が高いからバスケとかできそうじゃん?」
似たような会話はもう物心ついたときからしているが、修平はまた同じお世辞を言った。
『無理ですよ。動作が遅すぎて。お、試合は第2が勝ったようですね』
見ると、保坂と奈良崎が叫び、伊藤百合はスマコンとハイタッチして笑っていた。
かわいい。
修平は無意識に伊藤をじっと見たあと、そんな自分に気づいて顔を赤らめながら第1グループを見た。杉浦が床に四つん這いになって悔しそうにしている。ヨギナミが近づいて、『場所交代だよ、杉浦』と優しく言った。藤木は佐加と話しているようだが、内容は聞こえない。
次は第1と第3の戦いのようだ。平岸たち、やる気のない三人が、類人猿のようにだらしない姿勢で位置についた。
「あー出たい!」
高谷は変な声で叫んだ。
「俺の代わりって誰出んの?」
「あ!俺やる!」
奈良崎がやる気のない集まりに飛び込んできた。新橋が意味ありげな視線を送ると、奈良崎はかっこつけて変なポーズで『この調子で杉浦倒す!』と叫んだ。
試合が始まった。保坂と伊藤は活発に声援を送っている。奈良崎が入ったからか、他の三人のやる気のなさに気づいたせいか。
新橋早紀は、ボールを受けようとしたとき、なにもない床につまづいて転んだ。
「新橋さんてさ、奈々子さんの存在に気づいてるのかな」
修平は音楽の授業で会った『神崎奈々子』を思い出していた。父の古い友人。結城にも関係がある。もちろん久方にもだ。
「もしかして、久方のところに通ってんのもそのせいかな?」
『それはわかりません。ですが……』
「やっぱり初島が絡んでると思う?」
『しかし、なぜ神崎さんまで呼び出す必要があったんでしょう?そこが解せませんね』
「俺もよくわかんない」
そもそも、なぜこの『先生』を自分に押し付ける必要があったのかも、修平には理解できない。橋本の友達だからか?自分が『作り出したもの』に対する執着?単に仲の良い友人だったから?
初島は今、どこで何を?
二人は黙り、また試合を見始めた。平岸あかねがやる気のない動きをし、それを見た杉浦が『あかねさん!真面目にやりたまえ!』と言った。ムカついたのか、平岸は乱暴にサーブを打ち、当たりそうになった佐加が『うわ!怖っ!』と叫んだ。
修平は横にいる伊藤を見た。保坂と何かしゃべっている。楽しそうだ。自分もあそこに行きたい。
「さっきから伊藤ばかり見ているわね」
スマコンが、いきなり修平の前に出てきて、冷ややかにささやいた。修平は思わずのけぞった。
「いや、そんなことないって」
「いいえ、試合中も熱い視線を感じたわ」
「それは試合を応援してたからだって!」
「わたくしに向かってオーラをごまかすなんて無理よ」
「オーラ!?」
「ま、いいでしょう、そんなことより」
スマコンは、修平の隣に座り、
「あなたと一緒にいる眼鏡をかけた男は、誰かしら」
と、試合のほうを見ながらつぶやいた。
修平も同じ方に目を向けながら、返答に困っていた。やる気がなさそうに見えた第3だが、意外にも冷めて見える高条が真剣にやっていて、サーブを何度も決めていた。
「わたくし、スピリットの存在を感じることができますの。宇宙とつながっているものですから」
「宇宙」
修平は固まったまま、『先生』のほうをちらっと見た。自分と同じように硬直しているように見えた。
「緊張しなくてもよろしくてよ?そこにいるお方」
スマコンが、『先生』がいるあたりをダイレクトに見て、怖いくらい上品に微笑んだ。
「今は杉浦と佐加たちがうるさくて落ち着きませんから。そのうち静かな場所でゆっくりお話しましょう」
スマコンはそう言いながら立ち上がると、修平の方を見てニヤッと笑ってから、自分のグループに戻っていった。
『最近の、なんだい、スピリチュアルかい?』
新道『先生』がかすれ声でつぶやいた。
「いやあ、何だろうなあ……」
修平は困って、体育館の屋根を見上げた。
試合はなんと、やる気のない第3が勝ち、連敗した杉浦が『このままではいかん。敗因を分析して対策を練らねば』などと言い出し、『うぜえ!ホソマユうぜえよ!』と佐加に嫌がられていた。




