表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年5月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

338/1131

2016.5.22 日曜日 研究所

 暑い日になった。今年の最高気温を更新した場所も多いと天気予報が報じた。

 久方は早朝に起きて散歩していた。ちょうど日が昇るのを見ながら草原を歩いたことになる。北海道は今時期、自然の緑が美しくなる。朝日に照らされた草原と林、山の様子は、神々しいほどだ。

 しばし光や、それを反射してきらめく草、時折それを引き立てるように吹く風に我を忘れていた。

 しかし帰り道には、昨日までの暗い気分が戻り始めていた。よりによって佐加たちと早紀が一緒にいた。そして、昨日早紀は来なかった。佐加たちは一体何を話したのか。


 

 早紀は昼頃にやってきた。サンドイッチが入ったバスケットを抱えて。


 ヨギナミの家で雪かきを手伝ったりしていたそうですが、覚えてますか?


 うっすらと記憶にあるような気がするよ、と答えた。気が付いたら日付が変わっていて、体がものすごく疲れて重いのに、何をしていたのか全く覚えていなかったことが、冬の間に何度かあったと。


 それは大変ですね。知らないうちに肉体労働させられてたようなものですね。


 まさにその通りだ。

 久方はこの話題をやめてほしかったのだが、早紀は気になって仕方がないらしい。佐加たちも余計なことを話したらしく、


 たまに別な方のほうが、ヨギナミのお母さんに会いに行っているそうですが。


 一番嫌な話になった。『それは僕じゃないんだよ』と言ったが、早紀はなんだかつまらなさそうな顔をした。一体何を期待していたのだろう?


 おい、裏の割れ目に汚い猫がいたぞ。


 助手が廊下を通りながら叫び、そのまま二階に上がっていった。そのあとすぐに、ピアノの音が始まった。

 またラヴェルだ。しかも夜のガスパールを最初から引き始めた。


 これは、邪悪なスカルボまで走り切るパターンだ!早めに外に逃げよう!


 久方は(話題を変えたかったのもあって)出かけようとコートに飛びついて手早く着た。

 早紀に声をかけようとしたとき、久方は隣にいる誰かを見て叫びそうになった。


 ぼんやりした目で天井を見上げている早紀。

 その隣に、紺色のブレザーを着た、髪の長い女の子が立っていた。早紀と同じように天井を見上げている。


 久方は、その子を知っていた。




 あの夢で、いつも小さな自分を連れて逃げている子だ。




 声を出そうとして、喉がひきつった。

 久方の頭の中で、一瞬にして、

 あらゆる記憶とできごとが繋がった。

 恐ろしい連想が浮かんだ。

 そうに違いない。

 でも、そんなことありえない。

 信じたくない。

 今見ているものを信じたくない!





 サキ君!



 久方は、彼らしくない大声で叫んでいた。

 早紀がビクッと体を震わせて驚いて久方を見た。

 その瞬間、隣の女の子は消えた。


 ごめん、でも、いくら呼んでも気づかないから。


 久方は穏やかな声を作って話しかけた。早紀が泣いているのに気がついた。


 あれ?私、なんで泣いてるんでしょうね?


 早紀が手の甲で涙を拭いながら言った。


 この曲、前に聴いたことがあるような気がするんですけど、どこで聴いたか思い出せないなあと思って。


 早紀がまた天井を見始めた。邪悪なピアノが聞こえ続けている。


 かま猫を見に行こう。


 久方は無理やり笑顔を作り、早紀を外に連れ出した。

 さっきのは見なかったことにしよう。

 そうだ、きっと何かの間違いに違いない。

 そうであってほしい。


 









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ