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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年5月

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2016.5.20 研究所

 久方創が玄関から外に出たとき、階段の道に人がいるのが見えた。顔が見えたとたん背を向けて去っていったが、眼鏡をかけた中年か、壮年に近い男だった。スーツを着ていて、どこかの会社員にも見える。都会なら違和感がなかっただろうが、このあたりではスーツ姿で働いている人は町の職員くらいしか見かけないので違和感があった。いったいここで何をしていたのだろう?散歩で迷い込んだにしても服装がおかしいと思った。


 それ、保坂ってやつじゃないの?お前の恋敵になってるやつ。


 助手が気軽に言った時、久方は座っていた椅子から落ちそうになった。


 カフェで聞いた町の噂だけどさあ、保坂って男は妻子持ちなのにずっと与儀の母親の方と不倫してるらしくて、あ、そんなことはお前もう知ってるよな。


 知っている。知りたくなかったけどなぜか久方は知っている。ヨギナミは不倫でできた子供だ。かわいそうに、母親が病気だから町から出て行くことも出来なくて、保坂の家族と同じ町に住んで、同じ学校に行っているのだ。前に別人に会った保坂の息子がここに来たが、お礼を言いたいというよりは自分への好奇心でここに来たのではないかと久方は疑っているくらいだった。


 あんまりそういうことは言うもんじゃないよ。


 この話を長引かせたくなかったので、久方はまた外に出ることにした。天気は良い。五月は美しい季節だ。自然の緑が見せる生命力。この町は五月と六月が一番美しい。雪景色も悪くはないが、久方は緑が好きだ。人間の世界の不倫だの不幸だのの話も、森や草原を歩けば忘れることができる。

 変な人に会わなければ。


 あ~所長だ!!


 こういう日に限って、野原に佐加が出現するのだった。しかも話題のヨギナミと、早紀まで一緒だった。


 これからヨギナミさんの家に行くんです。


 早紀が笑った。久方も笑い返したが口元が引きつった。この三人で何を話すのだろう?自分の話や別人の話でないことを祈った。いや、こんなことを考えるのは自意識過剰でしかないと、久方は帰り道で思い直した。女子高生が三人集まったら、話題なんてほかにいくらでもあるだろう。何が流行っているかは全く知らないけれど。何でも、誰でも自分の噂や悪口を言っていると思ってしまう自分を、久方は前から嫌だと思っているが、どうしても疑いを止めることができない。これは別人のせいなのだろうか。それとももともとこうなのだろうか。

 研究所に近づくと、邪悪なスカルボが聞こえてきた。助手の好きな邪悪なラヴェルだ。久しぶりに聞いたような気もするし、この間聞いたばかりのような気もする。迷惑ピアノがすっかり『いつものこと』になってしまったようなものだ。

 久方はため息をついてソファーに倒れた。佐加でも保坂でも助手でもない。一番うんざりする存在は自分だと思いながら。



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