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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年5月

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2016.5.9 月曜日 サキの日記

 クラスのみんなは、所長の別人のことを知っているのか?


 今日、それしか考えられなくて、授業も会話も上の空になっていた。佐加は日曜日に、なぜか高谷とゲーセンに行ったそうだ。その高谷は疲れたのか具合が悪いと休み。ゲーセンで疲れて休みってサボりに近いような気がするけど。


 あいつ本当に体弱いんだって。ゲーセン着いた時には疲れてて一人でぶつぶつ言ってた。あいつなんでひとり言多いかサキ、知ってる?


 もともと変な奴だからじゃないのと答えたら、佐加は話題を好きな動画に変えた。私が音楽以外の動画をほとんど見ないと聞いて驚いていた。面白いものがいっぱいあるのにと言われた。感性がないのかもしれないけど、私は素人が『やってみました~』『やっちゃいました~』みたいなことをしている動画が下品に思えて直視できない。劇団の人たちは安易に動画なんか撮らない。バカみたいなシーンでも真剣に(真剣にふざけていると言ったほうがいいのかもしれないけど)やってる。でも、世の中は普通の人がノリで撮っちゃったようなものが好きらしい。私は本当に世の中に好みが合わない。

 ヨギナミに所長のことを聞いてみたけど『冬の間雪かきを手伝ってくれた』ということしか聞けなかった。お母さん所長と付き合ってるの?なんてまだ、とても聞けない。保坂のお父さんの話はもっと聞けない。保坂は気にしているのかしていないのか、普通に奈良崎たちと音楽の話をしていた。二人で何か作っているようだ。

 話しかけにくい高条にも、所長に会ったことがあるか聞いてみた。


 カフェに来てるよ。こないだ保坂に飯おごってた。そういえば新橋さんあんまりカフェに来ないよね。高谷とか男子はけっこう来てるし、佐加もよく来るけど。


 どこにでも出没する佐加はともかく、クラスの人が行かないのは不愛想なあなたがいるからではないですか?と言いたかったけどやめておいて、こんど猫に会いに行くと言っておいた。

 保坂やヨギナミに会っている所長は、別人のほうだろう。でも、二人ともあの茶色い髪の男は見えているんだろうか(でも、あんなのが見えたら町の人が大騒ぎする気がする)でも、なんで私には見えて、助手や他の人には見えていないんだろう?

 ちょっと怖いなと思いながら、図書室へ、伊藤ちゃんにも一応聞くと、久方という人は、草原でちらっと見かけたくらいでよく知らないと言う。


 スマコンがよく、草原に立って空を見ている所長さんを見かけてるらしいよ。それで、自分と同じオーラがわかる人だと思い込んでいるみたい。


 だからこの前研究所に来ていたのか。スマコンが見たのは本当の所長だろう。せっかく来たからすぐ読めそうなものないかなと本棚を見て、『海の見える理髪店』の表題作だけ読んでから学校を出ようとしたら、玄関の下駄箱の前にスマコンが立っていた。


 あなたが聞きたいことはもうわかっていてよ。


 不敵に笑いながらスマコンが言った。いや、まだ何も聞いてないです。


 所長さんには、運勢が二つ見えるの。


 私は止まった。そういえば前にもそう言ってたっけ。


 二つですか。


 星の導きが二つ。体は一つ。困ったものだわね。

 

 あのう、何かご存知ですか?

 

 わたくしに敬語を使う必要はなくってよ。所長が二人いることなら知っているわ。


 マジですか。

 

 ただ、私は真面目なご本人としかお話していませんから、佐加と仲良くするようなお下品なほうにはまだ接触していませんけど。

 

 お下品……。

 

 あら、何かまずいことを言ったかしら?

 

 スマコンと一緒に草原を歩くことになってしまった。研究所までついてくる気なのではと思ったら、途中の木の標識のところでじゃあ、と別な道に行った。


 この標識、小学校の時に町の許可を取って保坂と奈良崎が打ち込んだものなの。この方向に行くと奈良崎たちが住む地区に行けるのよ。


 それは知りませんでした……。


 町の人を導くのはわたくしの義務ですから、それでは、ごきげんよう。


 ご、ごきげんようです。


 お嬢様が去っていくのを見ながら、私は考えていた。所長のことは、意外と多くの人にばれている。学校だけじゃなく町のほうで聞いたら、知っている人がもうたくさんいるのかもしれない。所長が隠してるつもりでも。

 研究所に行ったら、『運勢が二つ』の話のところで所長が床にくず折れた。


 そんなこと占いで分かるの?


 占いじゃなくてオーラかもしれません。


 オーラって何!?


 教室で聞いたことを所長に説明し、たぶん町の人に聞いたらもっとばれてると思いますと言ったら、もう僕は町に行けないとか言い出した。


 もともとあんまり行ってないけど、最近はカフェに行くのも怖いよ。あそこのマスターはきっと知ってるんだ。実はあそこで、前に来たような感覚がしたことがあるんだよね。夜中に。僕は夜に町になんか絶対に行かないのに。


 ということは、カフェにも行って調べたほうがいいのかもしれない。平岸パパにでも頼んで同行してもらおうかな。

 帰ろうと思ったら上からすさまじい弾丸のようなピアノの音が聞こえてきた。所長は散歩に逃げると言っていっしょに研究所を出た。平岸家の前まで送ってくれたけど、その途中で、私が毎日通っていたのに気づいていない、通り道に咲いている花や木のことを教えてくれた。雑草の一つ一つまで本当によく見ているんですねと言ったら、


 でも僕、植物の名前とか種類は全然覚えられないんだ。あ、あれ前も見たって思っても名前が出てこないし、図鑑と実物は違って見えるし。


 図鑑と実物は違う。

 違いが判りすぎても、同じ植物だと思えなくて苦労するらしい。一番好きな植物はタンポポだそうだ。畑とは別にタンポポ専用の場所を確保したいくらいだと言う。


 そんなことしなくてもタンポポは強いから勝手に増えていくけどね。じゃあね。


 平岸家に私を送った後、帰っていく所長をじっと見ていたら、道のすみっこでしゃがんで何かを眺め、またちょっと進んでは立ち止まって気を見上げ……なかなか進まなかった。所長が視界から消える前に玄関から平岸ママが出て来て、どうかした?と聞かれたので所長を指さしたらあれは何をしているの?と聞かれた。植物を観察しているだけだと思いますと答えた。まあ~と平岸ママは顔をしかめながら、私に中に入るよう促した。

 夕飯に高谷が出て来て、今日なんか変わったことあった?と聞かれた。スマコンと一緒に帰ってきたと言ったら、あかねが興味を示した。


 お嬢様と転校生の熱いひと時……ウフフフフ。


 お前、BLだけじゃなくて百合も妄想すんの?


 いいじゃないの、ネタとして面白いんだから。


 その話題を食卓でするのはやめなさいと言ったじゃないか。


 平岸家のどうでもいい妄想話を聞きながら、私は、所長のもう一人のほうと話がしたくなっていた。でも、所長は別人のことを私に知られたくなかったと言っているから、きっと嫌がるだろう。会える場所があるとしたらヨギナミの家だ。

 でも、どうやってそれをヨギナミに聞こうかな。



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