2016.5.5 木曜日 サキの日記
まだ雨がぱらつく中、傘を持ってあまり良くない道を所長と歩き、なつかしの大木の道に入った。山の中に急にきれいな桜が現れた。意外なことに、私たち以外にも何人か人がいた。みんな登山みたいな恰好をしていたから、観光客かもしれない。
隠れスポットなんだよね、ここ。
所長が桜を見上げながらつぶやいた。目つきはもう桜しか見ていないように見えた。実際所長は見上げたまま動きを止めてしまい。私はちょっと困惑しながら、まわりの桜の木の下をひととおり巡り歩いた。雨で結構落ちたとはいえ、十分花は残っていた。雨の中の桜。夜桜とはまた違う怖さがあるような気がする。寒いせいもあってあまりい世界に入り込める感じはしない。所長も天気については残念がっていた。
もっと暖かい日だったらゆっくり見れるんだけどね。
でも、一時間くらいはそこにいたんじゃないだろうか。暖かかったら一日中帰ってこなさそうだ、所長は。
すっかり冷えてしまったので研究所に戻ったらすぐコーヒーを飲みながらヒーターの前を占領した。かま猫が今朝ちょっとだけここに来て、すぐまたいなくなったそうだ。
魚をあげたかったんだけど、取りに行ってる間にいなくなっちゃった。
所長は寂しそうだった。二人で猫の話をしていたら助手がやってきて、お前らは一体何をしているんだとあきれ顔で言った。
こんな雨の日に山の中行ったの?バカじゃねえの。
言いながらソファーに座ってテレビを見始めた。でもすぐに消してこっちを向き、
そういえばあんまり話したことなかったよね、新橋さんだっけ?
といきなり私に言ったのでちょっと驚いた。どこから来たの?とか、学校楽しい?とかありきたりな質問の後、
ところで、久方と君の関係って何なの?
と聞かれた。
女子高生がこいつに興味持つってのがそもそも不思議でさあ。
所長は、そういう勘ぐり方はやめてくれと言った。私は『女子高生』というくくりに嫌なものを感じつつ、ただの友達だと言った。
友達なの?ま、いいけどさ、平岸さんとかにここに来るなとか注意されたりしてない?え?佐加も来てる?いや、あれはいいんだよ。いや、何でと言われても。え?いや、確かにあれも女子高生だけどさあ。
どうもこの助手は、私がどうしてここに来るのか理解できないらしい。そんなの所長が面白いからでいいじゃないですかと言ったら、フッと鼻で笑うような息を吐いて、またテレビをつけて見始めた。その後は一言もしゃべらなかった。私は帰ることにした。所長は玄関まで見送ってくれて、変な奴でごめんねと言った。その変な奴は助手のことなのか、それとも自分のことなのか。




