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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年5月

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2016.5.4 水曜日 サキの日記

 予報通りけっこうな雨の量。所長にメールしたら『花見は明日にしよう』と返信が来た。つまらないと思いつつ平岸家に行ったら、あかねに、


 昨日の桜で思いついたわ。ウフフフフ。


 と、桜の妖精(少年)のBLの下書きを見せられた。やめて、桜の下はやめて!と言いながら本気で逃げた。高谷によると、あとで平岸ママに『そんなもん人様に見せるな』と怒られていたそうだ。

 佐加から『なんか面白いことなかった~?』『所長に会った~?』と、何度も質問が来て、暇なんだろうなと思った。そっちは花見したのと聞いたら、『浜にも桜はあるし、藤木と一緒に見たよ』と。なんとなくやる気のない返事。こっちはお花見したよ~と昨日の写真を送ったら、『あたしもそっちに行きたかった~!』と言ってきた。浜でもお花見があったけど、どうも、小学校時代の嫌な奴に会ったらしい。佐加が小学校の時に転校してきた話は、前にちらっと聞いていた。平岸家で聞いたのか学校で聞いたのか忘れたけど、佐加の性格はあっちの学校には合わなかったのだ。

 平岸家でもアパートの部屋でも、雨の音がし続けている。この雨は確実に桜を散らすだろう。まるで時間を早めるように。植物にとって恵みの雨、という決まり文句はあの桜にも通じるのだろうか。桜が成長している間、人々は桜の存在を忘れる。ぱあっと咲いて散るところだけ見てありがたがったり嘆いたりする。人間の有名人みたいなものかなと思ったけど、そこでうちのバカと妙子を思い出してしまったので美しいイメージが台無しになった。母もバカも今日は休みのはず。メールは来ている。ただしいつもより少ない。これは二人で仲良くしている証拠だ。二人でどこに行ったんだろう?私のことはたぶん忘れてる。

 雨はなかなかやまない。これが涙だとしたらいったい何を嘆くのだろう?なんて感傷的な言葉は私には合わない。今雨が降っていることにも、私がこの部屋にいることにも理由もないし悲しい事情もない。いじめのことはもう忘れよう。

 忘れたいのに、思い出してしまうと怖い。

 傘を持って平岸家に戻った。平岸パパはテレビの間で画面をじっと見ていた。平岸ママはこの雨の中を公民館まで出かけたそうだ。フラワーアレンジの教室だろうか。だったら連れて行ってくれたらよかったのにと思った。去年の夏みたいに。


 あかねは今機嫌悪いから近寄らないほうがいいぞぉ。


 平岸パパがこっちを見てなぜかさわやかに笑った。いつものことだから気にしてないと言うことだろうか。そういえば高谷はどこに行ったんだろうと思ったけど、気にしていると思われたくないから聞かなかった。しばらく平岸パパの隣でテレビを見てから、また部屋に戻って、買うだけ買って呼んでいなかった電子書籍をあさったけど読む気が起きず、結局図書室から借りてきただいぶ昔の芥川賞の短編を読んだけど、意味がよくわからなかった。

 すぐ本を投げだし、ベッドで横になってずっと雨の音を聞いていた。

 この雨は世界の何を変えるのだろうと思いながら。



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