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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年5月

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2016.5.1 日曜日 研究所

 昨日一日の記憶がない。しかもサキから『ヨギナミのお母さんと仲良いんですか?』というメールまで来ている。久方はその画面を見ながら固まっていた。


 だーかーらー!早めに話しとけって言ったろ?もうバレるのは時間の問題だぞ。それとも本当にそこの奥さんと付き合ってることになってもいいのか?


 助手が勝手にメールを覗き見て嫌味を言った。一体別人はそこの奥さんと何をしていたのか、怖くて絶対知りたくない。早紀にももちろん知られたくない。ヨギナミから何か伝わったのか?佐加か?

 今日は早紀に会いたくない。しかし、今出かけたらまた怪しまれそうだ。付き合っているわけでもないのになぜこんな浮気の追及をされているような気分にならなくてはいけないのだろう?


 とっととメールの返信して真実をぶちまけちまえ。どーせ理解するにはまだまだ時間がかかるし、そのうち偶然もう一人に会っちゃえば一発だって。


 助手はソファーに座って文句を飛ばし続けている。


 嫌われるのが怖いとか言うなよ。別にいいだろ?女子高生は一人じゃないんだぞ。


 そういう問題じゃない。久方はメールの画面を閉じた。どうしても返信したいと思えなかった。かといって何も反応しなくてもかえって変な想像をされそうな気が……と思っていたら、玄関からカタン、ガサッという音がした。日曜に郵便は来ないはずだと思いながら行ってみると、お菓子の入った袋と手紙が置いてあった。


 ゲーセンでもらったからあげる。きのうおっさんヨギナミん家にいたんだって?あかねのママも来てて会っちゃったらしいよ、覚えてる?


 名前はなかったが佐加に違いないと思った。久方はうめきながらその場に倒れた。別人が平岸の奥さんに会った。つまり、平岸家の全員に伝わったわけだ。

 助手が歩いてきてお菓子の入った袋を持ち上げ、倒れている『所長』から手紙を奪い取ると、鼻歌を鳴らしながら二階に上がっていった。


 玄関で寝るのは良くありませんね。風邪をひきますよ。


 早紀の声がしたので慌てて起き上がると、また何かかごに入れて持ってきたようだ。


 小倉トーストが気に入ったと平岸ママに聞いたので、食パンとママ特製のあんこを持って来ました。


 サキの声は平坦だった。あまり気乗りせずにここに来たようだ。トーストを焼いている間も無言だった。そして、久方はあんこが好きではない。しかし、食べたくないと言える雰囲気ではなかった。


 二人で無言で小倉トーストを食べ、久方が皿を洗って戻ってくると、早紀は窓辺のカウンターでコーヒーをすすっていた。


 平岸の奥さんに何か聞いてる?


 思い切って聞いてみた。早紀は、


 昨日平岸ママがヨギナミの家に行ったら、所長がいて、ヨギナミのお母さんと仲が良さそうだと言っていました。


 と窓の外を見ながら答えた。

 別人め、人の体で勝手に何をしているんだ?

 怒りしか感じなかったが、早紀に怒ってもしょうがない。『僕はあまり覚えてないんだ』『そういう仲じゃないよ』『ヨギナミは確かに心配だけど』とごまかしの言葉を並べた。


 まあ、大人には大人の世界がありますよね。


 早紀はコーヒーを飲み終えたのか、片づけのために部屋を出た。戻ってくると、


 散歩しましょう。


 と言った。二人で外に出た。朝かかっていた雲が徐々に晴れてきて、草原が光と色彩を取り戻しつつあった。北国に桜の季節が来ていた。やっと春が来た。

 畑の端まで歩いたとき、早紀が言った。


 所長、やっぱり今日変ですね。


 どこが?と聞いたら『いつもなら自然に夢中になっているのに、今日はずっと道を見ながら別なことを考えているように見える』と。罠にはめられたような気分になった。自然はいつも通り美しいが、久方がそれに乗れないのは変な噂のせいだし、突き詰めれば別人のせいだ。


 噂話は好きじゃないんだよ。


 久方はそれだけ言ってもと来た道を引き返した。後ろから、今日はもう帰りますねという早紀の声がした。戻ると、二階からめずらしく春らしいやさしい曲が聞こえてきたが曲名がわからなかった。リストだったろうか?

 今日も早紀に真実を言わずに済んだ。いや、言えなかったというのが正しいだろうか。久方は安堵と不安を同時に感じ、どちらも理不尽だと思った。部屋にこもって永久に眠って痛いのに、ピアノがうるさくて二階に近づけなかった。



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