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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年4月

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2016.4.17 日曜日 サキの日記

 日曜の朝。昔なら昼どころか夜まで寝てることもあったのに、今日は6時に起きた。平岸家の朝ごはんは7時と決まっているけれど、6時半に行っても出来ている。平岸ママは生徒がいなくなってからも毎日同じ時間に起きて同じように朝ごはんを作り続けているようだ。一体どうやってそんな神業をやりつづけているのか、毎日違う時間に起きる上に料理に興味が持てない私には想像もできない。食べるのは好きだけど。


 久方さんの所にこれ持ってって。


 と、サンドイッチが入ったかごを渡された。早いかなと思いつつ七時半ごろに行ってみた。所長は玄関にしゃがんでチューリップを眺めていた。おはようございますと言ったらおはようと帰ってきたけど、振り返った顔はなんとなく元気がなさそうだった。その原因はすぐにわかった。建物の中から暗い、重いピアノ曲が流れて来ていたからだ。曲名がわからないけど。


 今日はベートーベンの日なんだ。さっき月光が流れてきたよ。こんな天気のいい日にもう台無しだよ。


 助手と話したことがなかったので、ちょっと注意してみようかと二階に上がってみたが、階段を上るごとにピアノの音が大きくなっていって、耳障りすぎて二階にたどり着く前に撤退してしまった。走って戻ってきた私を見て所長は、


 ね、うるさいでしょ?早朝にあの音が頭上から降ってくるんだよね。


 やめてくれって言ったほうがいいんじゃないですか?と聞いてみても『言ってるんだけど、どうも自分に都合の悪いことは聞こえないみたいなんだよね』なんでそんな人雇ってるんですかと聞いたら『ちょっと、あの、事情があって』と何か言いにくそうな感じになった。私は平岸パパが『精神病らしい』と言っていたのを思い出した。何か病気なんですかと聞こうかと思ったけどやめた。こんなどす黒い曲が聞こえるところでその話題はないなと思った。代わりに佐加がゲーセンでおっさんからお菓子を巻き上げる話をした。所長は苦笑いしていた。パチンコ好きですかと聞いたら『行ったことがない』『うるさいところには近づけない』と言われた。あれ?佐加は所長がパチンコに来るって言ってましたよと言うと『人違いじゃないかな』と。確かに所長がゲーセンにいるところは想像できない。ピアノの音でさえ嫌がるのに。


 あのね、サキ君、僕はね。


 やっとピアノがやんで、中に入ってサンドイッチを食べようとしたとき、所長が何かいいかけた。でも、


 いや、何でもない。


 やめてしまった。代わりにサンドイッチを見て、助手も食べないか聞いてくると言って二階に行った。二人ですぐに降りてきた。最初不愛想にしていた助手は、サンドイッチを見た瞬間にものすごい笑顔になり、自分の分だけつかんで出て行った。私は完全無視ですか。あいさつもなしですか。

 所長はサンドイッチを食べながら、


 僕、たまに変になることがあるよね。


 と言った。自然がきれいな季節だから仕方ないんじゃないですかと言ったら、


 いや、自然とは関係なく変になることがあるんだよね。


 と言った。たとえばどんなふうに?と聞いたら、黙ってしまった。なんとなく気まずくなって、食べ終わってすぐ私はアパートに帰った。

 昨日具合が悪いと言って食事に出てこなかった高谷が夕飯に来て、私の顔を見るなり、


 久方の所には行かないほうがいいよ。


 と言った。私は無視した。でも高谷はしつこく『あいつ怪しいよ』『男が住んでいる所に女の子が一人で行くのは危ない』と言い続けたので、私は食事を早めに切り上げて部屋に引き上げた。何なのあいつ、ものすごくしつこい。



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