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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2015年9月

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2015.9.25 サキの日記


 二人は手をつないで走っている。

 何かから逃げている。

 かなり必死で。


 でも捕まる。

 エレベーターの扉が開いた瞬間、

 目の前に、逃げたはずの誰かが立ちふさがっているから。



 予定よりずいぶん早く目を覚ましてしまった。コーヒーを飲みながらぼんやりと考える。



 なぜ、同じ夢をくりかえし見るのだろう。

 実際、学校から逃げてるから?

 そのこと自体が悪いとは思ってないけど、気がとがめてるとは言えなくもない。

 扉の向こうに立っていたのは誰?

 わからない。

 もしかしたらそれは人ではなくて、不安とか恐怖なのかもしれない。



 セルフ夢占いで時間を潰してから、予定通り出かけた。デイケアセンターのカウンセラーに会うために。

 中学のときから、最低月一度は来てる。



 先月は秋倉にいて来れなかったから、ここ2ヶ月分のことをぼそぼそと話した。カウンセラーさんは聞くだけで、特に何かしろとは言わない。

 中学のときに診療内科からこちらを薦められた。薬での治療より、人と会うほうがいいと判断されたからだ。デイケアには、もっと症状の重い人、それも、大人が多かった。だけど、一見何の問題もない人もたくさんいた。ほんの少しの配慮があれば問題なく生活できる人たち。


 ほんの少しの配慮。

 それすら、世の中には負担なのだ。



 私だって、重症の幻聴に悩んでる人とか、泣き叫ぶ同級生にどう配慮したらいいかわからない。自分は配慮してほしい。でも、人に配慮できる能力が自分にあるか。



 無力感が募るばかり。



 人に会うのは苦手だけど、全く学校に行かない状態のとき、たまにデイケアのイベントに行くのは楽しかった。私とは何十年も年の離れた人たちと、ほぼ対等にゲームやかんたんなレッスン(絵とか体操とか)に参加すると、世の中の見方は少しづつ変わる。


 かといって、『私は学校でうまくいかなかった』という事実に変わりはない。



 帰りに某駅近くのカフェである人に会った。やっとお土産を渡せる。彼女は店内でもかなり目立っていた。いつでも手入れされている艶々の髪、プラダのバッグ、服はマイケル・コースだとあとで聞いた。もともと日本人らしくない顔をしているから、海外のモデルと言われたら信じてしまいそう。近寄るとあいかわらずディオールの香り。

 私を見ると、来賓を歓迎する女王様のように見事な笑い方をする。相手を嬉しくさせ、なおかつ『でも、偉いのは私のほうよ』とやんわり主張する微笑み。

 夏はずっと長野県にいたそうだ。『パパ』がそこに家を持っているから。でもやることがなくてとっても退屈だった、とも。話しながら動かす指先には見事なジェルネイル。透き通るような桜色にスワロフスキーを思わせるストーンが光ってる。

 とにかく、彼女のなにもかもがキラキラ。なぜ『小学生みたいな服』の『本を読む以外にできることがない地味な』私に会ってくれるのか、かなり不思議だ。たぶん気まぐれか、私が彼女を『不道徳なアパズレ』呼ばわりしない珍しい女子だからか、そんなところだろう。


 私は秋倉町を、平岸家と研究所をメインに説明した。



 秋倉?聞いたことない。函館なら前のパパと一緒に行ったことあるけど。



 これから『今のパパ』とデートという彼女には、これといった観光地もない田舎町には興味がわかなかったようだ。ただ、あかねが言っていた『所長と助手のラブラブ説』にはすごく盛り上がって、私があかねがベッドの匂いをかいでた話をしてしぐさを真似たら、大爆笑だった。ただ、爆笑してても大声を出したり足をバタバタしたりしないで、あくまで上品に笑うのが彼女の怖いとこ。

 真相がわかり次第必ず知らせて!と強く要望されたところで、彼女のスマホに迎えの連絡が入ったので別れた。


 あの百分の一でも人を惹き付ける能力があれば、私の人生もかなり楽しかったのかもしれない。

 でも、私は全く別な種類の人間だ。人の機嫌をとるのは苦手で、自分が真実だと思ったことを文章にするのが好き。


 そういえば、彼女は一言も、学校のことを話題にしなかった。

 気を使ってくれたのかもしれない。

 それか、彼女も学校に行ってないのかもしれない。





 他に友達も彼氏も『パパ』もいない私は、本屋で閉店まで時間を潰し、今の英語レベルで読めそうな洋書を一冊買って帰った。



 世の中には、いろんな人がいる。




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