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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年3月

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2016.3.29 サキの日記


 紹介したいものがあるんだ。


 所長がそう言ったので、外の散歩についていくと、


 ほら見て見て。


 と、雪解け後の枯葉の間から出ているフキノトウを紹介された。暗い色彩の葉と土の中で、真新しい感じの明るい黄緑がすごく目立っている。研究所近くでクロッカスも紹介された。地面近くに咲く小さな花で、所長が自分で植えたそうだ。これが咲くと北国も春が近いという。空も快晴で風も心地よくて、日差しも優しい。所長にとっては完璧な日に違いない。でも私は都会から来て日が浅いせいか、考えてしまう。

 所長、都会で暮らしてもうまくいかないだろうな、と。

 ブランド物や買い物が好きな女に変人扱いされて嫌われているかわいそうな場面まで想像してしまい、つい顔がゆがんでしまったのか、所長に『どうしたの?』と聞かれた。むかしのいじめを思い出したことにしておいた。あの前の学校の連中がここにいたら、私と所長を全力でバカにし始めるに違いない。あいつらの前では『空がきれい』なんて絶対に口に出せない。態度に出すのも駄目だ。あっというまにからかいの対象になる。


 私、不自由な世界にいたんだなあ。


 コーヒーを飲みながらぼやいてしまった。景色を見てもきれいという以前に、風景が目の前にあることにも気づけないくらい、気持ちが別な方向で緊張していたんだと思う。ちゃんと余裕を持って見たら、都会にもきれいな景色がたくさんあるんだろう。

 所長にそんな話をしていたら、神戸の街がどうしてきれいか知ってる?って聞かれた。センスのいいひとが住んでいるからじゃないですかと言ったら、


 地震で一度破壊されて、全部一斉に建て直したからなんだよ。


 所長は静かにそう言った。


 あの地震の影響を受けていない人は、今でもあの街には、いない。


 コーヒーを一口飲んでから言われたところによると、都会の景色にはその街の歴史とか過去の出来事がかならず内包されていて、所長が思うところによると、それは実は誰もいないような草原や山でも同じなんだと。

 うまく説明できないんだけどね。山道を歩いていると感じるよ。何千年も前から続く何か……何かとしか言えないから悔しいんだけど、そういうの。

 都会を一人で歩いていてもそういうの、あったかもしれない。私はこの町に来る前に都会を独り歩きしていたころを思い出そうとした。なんだか遠い昔のような、昨日のことのような不思議な気がした。本当にこの研究所と、あの都会は同じ世界なんだろうか?


 平岸家に帰ったら、ちょうど平岸パパが車でどこかから帰ってきたところだった。


 今日も久方さんのところ?変わったことなかった?


 と言われたので、


 ふきのとうを見つけて喜んでました。


 と答えた。言い方がまずかったかなと思った。『エロ本を見て喜んでました』より変人に聞こえるのはなぜだろう?私の思考が汚れてるのだろうか。

 平岸パパは『ああ、もう春も近いしなあ、3月も終わるしなあ、早いなあ』と言いながら家の中に入っていった。中ではもうあかねと高谷が夕食を待っていて、高谷は私を見るなり、


 彼氏の家行ってたの~?


 とニヤニヤしながら聞いてきた。揚げ物があったら投げつけてやったのに、今日の夕飯は魚の煮つけだった。




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