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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年3月

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2016.3.25 サキの日記

 日記を数日書かなかった。やることはあまりないはずなのに、所長と散歩したり、不思議なあの夢の話をしたり(いくら話してもあの二人が何なのかはわからないんだけど)、平岸家の観察をしていたらあっという間に時間が過ぎてしまった。でも、そろそろ時間の進み方が遅くなってきた。

今日、もう一人の生徒がやってきた。前にやりとりをしたことがある男子で、高谷修平と名乗っていた。ヘルメットみたいな髪型で、ダサいんだけど会話のノリが軽い。


 同じアパート、よろしくね!


 とあまり感じの良くない(本人は機嫌良さそうだったけど)あいさつをされて、なぜか私が部屋の前まで案内する羽目になった。来る前に『体の弱い子だから気を使ってあげて』と平岸ママに言われていたのだけど、歩き方も飛び跳ねるみたいだし、口調は軽いし、どこも具合悪そうには見えなかった。

 荷物を運ぶのを手伝った後、平岸家の居間に集まってお菓子を食べながら話をしたんだけど、高谷修平は東京から来て、私が住んでいたところの反対側に家があって、お母さんがクラブのママをしているという。あかねが父親は?と聞いたら、


 今売れてないミュージシャンみたいなの。


 と、初めて気まずそうな顔をした。あかねはミュージシャン?ホームページとか動画とかないの?と聞いていたが、いや、そういうのないから、と気まずそうにし始めたので、平岸パパが趣味に話題を変えたがそれも『ずっと入院してたからなんにもしてないです』と言った。少しの間、会話が停止した。


 体調が良かったら町のカフェに行ったらどうかな。


 平岸パパが口を開いたときには、あかねが姿を消していた。


 あそこの孫も春から同じ学校だから、学校に行く前に一回会っておくといいんじゃない?


 パパが言うと、高谷は、


 もうそいつとはメールのやり取りしてLINEとyoutubeのアカウント教えてもらいましたよ。たぶんあの動画、カフェの猫じゃないかな。


 高谷がスマホを取り出して動画を私たちに見せた。それは確かにカフェの店内で、猫が……明らかに、撮影者を避けていた。動画の題名も『うちの猫に嫌われてる』だった。

 平岸家の夫婦はその嫌われっぷりを見て盛り上がって笑っていたが、私が気になったのは端のほうに映っている所長らしき人だ。でも、白衣を着ていなくて、目つきが厳しい感じだ。こんな顔の所長は初めて見た。しかも、


 おい、猫をいじめるのは犯罪だぞ、追い回すなよ。


 ちょっと乱暴な口調で文句まで言っているのが聞こえた。

 これ、所長ですよね?と、私は動画をもう一度最初から再生してもらって、平岸夫妻に見てもらった。

 ああ~、久方君だなあ。

 平岸パパが裏返った声で言った。平岸ママは、久方さん、白衣来てないこともあるのね。私服だと感じが違って見えるわなんて言っていた。私もこの画面の所長は、いつもと雰囲気がかなり違うと思った。

 こいつ誰なんですか?久方っていうんですか?

 高谷が聞いてきたので、平岸パパが私の知っているような説明を繰り返した。いつも白衣を着ていて、町の人に所長と呼ばれているが、本当は何の仕事をしているかわからない。住んでいる廃墟もいつのまにか『研究所』と呼ばれるようになった。


 うわ、怪しいっすね。麻薬でも育ててないですかそいつ?


 高谷が急に生き生きし始めたので、私は不快に思いながらも、野菜を育てているけどそんな危ないものはあそこにはないと言った。


 え?何でわかるの?仲良しなの?


 高谷はますます図に乗ってきた。私は平岸家を出て散歩することにした。後の説明は平岸夫婦がしてくれるだろうと思って。

 曇りで風があって、草原を一人で歩くのは怖い感じがした。研究所の林が見えた時すぐに曲がって、速足で玄関に入った。所長はパソコンに向かって何かを熱心に打ち込んでいた。そのうちいつも通り私に気が付いて笑ったので、またコーヒーを飲みながら、新しく来たうざい同居人の話をした。



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