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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年3月

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2016.3.20 サキの日記

 また秋倉に行く日が来た。バカも母も何も心配していないのか、見送りにも来ない。着たら来たでうるさすぎるからべつにいいけど、あの二人、どうして子供を作ったんだろうとたまに思う。あまりにも正反対で相性が良いとも思えないのに、気持ち悪いくらい仲が良いし。

 新千歳行きの飛行機にまた乗った。前と違ってそんなに緊張しなかった。土産や航空会社のノベルティが載っているカタログを見て暇つぶししていた。どれも値段が高くてわざわざ買おうとは思わないけれど、中には普通に売っているものよりもシンプルで使い勝手が良さそうなものがあった。旅の無駄遣いを狙っているというよりは、実用的なものに会社のロゴをつけているような感じだ。

 空港には、平岸パパと、なぜか機嫌の悪そうなあかねが迎えに来ていた。


 買い物したかっただけ。


 と、あかねは言った。パパはあいかわらずのノリで、車の中でも陽気にしゃべり続けていた。ただ、所長の話の時だけ声が静かだった。


 久方さんは最近、調子が良くないみたいだよ。世話係みたいなのがいてたまに話をするんだけどね、最近寝込んでいることが多いそうだ。


 そうなんだろうか?確かに、昨日から何度かメールを送っているが、返事が来ていない。寝ているのだろうか。それとも、前の電話で言っていた何かの記憶でまだ悩んでいるのだろうか?所長が『覚えているけど思い出せない』と言うのは一体何のことだろう?あの夢と関係がありそうだと私は思う。でも、わからない。

 車はあいかわらず草だらけの道を抜け、平岸家のある住宅街にたどり着いた。アパートの部屋も前と同じだ。ベッドカバーとカーテンだけ、春らしい色に変わっていた。私はお気に入りのコーヒーをキッチンに置き、荷物を置いて、平岸家に行った。平岸家のテーブルは平岸ママが作ったクッキーに一面覆われていた。また作りすぎだ。

 予想通り、ゆっくりクッキーとコーヒーを飲んだ後、


 久方さんのところに持って行って。


 と、クッキーを詰めた箱を渡された。隣のあかねがなんとなくニヤニヤしているのが気になったけど、話しかけるのもこわいので黙って家を出た。

 草原はまだ雪が残っていて、春が来るにはまだ時間がかかりそうだ。この町で桜が咲くのは5月になってからだそうだ。研究所までの道もじゃりじゃりした氷のような雪。歩いていると崩れるので危ない。長めのブーツを履いてきて本当に良かった。

 まだ冬の終わりで寒いのに、玄関の鍵は開けっ放しだった。所長は窓際のカウンターで、パソコンに向かって何かを熱心に打ち込んでいた。声をかけずらいので黙ってテーブルにクッキーを置き、勝手にコーヒーを入れていると、所長が気づいて振り返った。


 サキ君。来てたんなら言ってよ。


 元気そうだった。少なくとも、具合が悪そうには見えなかった。本日の作りすぎですと言いながらクッキーの箱を開けた。それから、私は仲が良すぎる親の愚痴を一方的にしゃべった。所長は黙って聞いてくれていた。前の電話の話も聞きたかったけど、なんとなく話しにくくて、今日はできなかった。これから長く滞在するから、そのうち聞く機会はあると思うし。

 しゃべっている時、奥から知らない男の人が出てきた。メガネをかけて、頭が金髪で、あまり真面目じゃなさそうな雰囲気。私を見て、あ、どうも。とだけ言って、またどこかに行ってしまった。


 あれが助手って言われてる人だよ。ピアノが好きで、いつもうるさく弾いてるからそのうち嫌でも聞かされることになるよ。


 所長が苦笑いした。あの人はここで何をしているんですか、と聞いたら、所長は『僕の手伝い』とだけ答えた。あまり詳しく話したくなさそうだった。

 平岸家に戻ってから、平岸パパに、あの助手は介護のためにいるんだと聞かされた。

 所長は病気だったのだ。精神のほうの。

 ただし、病名は知らないと言う。

 でも病気で、私と同じ夢を見たりするだろうか?昔のことが思い出せない、のほうか?

 多すぎる夕食の後、アパートで一人寝転んでいたら、またあの不思議な感触がやってきそうな気がした。でも、気配がしただけで、実際には来なかった。

 これから私はこの町で、秋倉高校に通うのだ。

 心配だった。前の学校では誰とも仲良くできなかった。こっちの学校は人数が少ない。また浮いてしまいそうで怖かった。少なくともあかねという知り合いはいるけど、あかねが私と仲良くしたがっているようには見えない。所長のゴシップを探るための都合のいい人員みたいな扱いのような気がする。そういえばヨギナミも同じクラスのはずだ。




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