表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年3月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

269/1131

2016.3.11 サキの日記


 私は『妙子、再び』という番宣のあり得ない文字に呆れ、母には『悪いけどもう見ません』というメールを送った。

 でも、リオが遊びに来たから見ちゃった。盛り上がりすぎて笑い転げたリオがソファーから転落。転げ落ちたあともしばらく笑いながらのたうち回っていた。

 でも、なんで火口に落ちた人が復活すんの?

 話のネタが尽きた?

 炎の中から怪獣のように浮かび上がる不気味な目つきの妙子を見ていたら、ばかばかしいを通り越して悲しくなってきた。


『弱い人間というものはひとりで持ちこたえられないものなんだ。弱い人間にすべてのものを与えてみるがいい。すぐに自分のほうからやって来て、なにもかも返してしまうから』


 ドストエフスキーの言葉……という本。

 学校辞めたのに、また行っちゃう私。

 はあ。


 Twitterで引用しやすいからか、自己啓発の本によく引用文があるからなのか、単に短くて読みやすいからか、名言を集めた本やブログはたくさんある。名言だけをつぶやくアカウントも、どのSNSにもあるんじゃないかな。


 でもそれ、昔のある人の言葉であって、

 あなたの考えじゃないよね?


 自分の考えに近いから引用するんだろうけど、私もやるから人のこと言えないけど、

 偉い人、別な人の言葉を出して、

『ほら、こんな偉い人だって俺と同じ意見なんだぞ』

 という文脈で『いいね』してる。


 悪いとは言わないけど、どうなのかな。


 どんな文脈でそのセンテンスが出てきたかわからないから、物語を『抜き書き』するのは危険だと思いつつ、いい言葉はメモしたりスマホに撮ったりしてしまう。いつのまにか人々は名言ハンターとなり、それが教えるところの教訓を人生に生かして実行する気はないように見える……のは気のせいか。


 短い引用って手軽なんだよね。

 でも、長い文じゃないとディテールが伝わらないものもあると思う。特に心理は。

 探偵ものだって『殺人事件が起きた。名探偵が推理した。犯人は嫉妬した元恋人だった』って話なら何百もありそう。それを個性的な『この人にしか書けない描写』で書いたとき初めて、一つの名作ができるのだと思う。


 でも、ドストエフスキーは文章が本当に長い。

 今の出版社だったら『もっと短くまとめて読みやすくしないとだめですよ』とか言われるかも。

 でもそれじゃ、作品が台無しだ。



 昔、読んだな。僕に似た人が出てくるって言われて。でも、読んだあと何日も怖い思いをしたから、そのあとは一冊も読んでない。



 所長は何を読んでどんな目にあったのか?

 聞いても教えてくれなかった。真っ先に思い出した題名も、なんとなく言い出せない。


 サキ君。


 私の考えが予想できたんだろう。所長は真剣な声で言った。


 僕はサキ君が思っているほど純粋でもいい人でもない。

 かなり病んでる。

 でも、秋倉町に来て、街の人のうわさを聞いても信じないでね。

 僕は冬の間、ほとんど研究所のまわりから離れないで生活してた。

 僕を見かけたって人の話は信じないでね。


 私だってかわいい女子高生じゃないですから期待しないでくださいと返事しておいた。

 でも、なんか様子が変だ。

 何があったんだろう?

 やっぱりあかねの同人誌見ちゃった……のかと思ったら、

 来た。



 百合の読者は実は女性も多いって知ってる?

 うちのクラスにも百合がいるのよ。

 さっき見ちゃったの。

 町長の娘が、伝説の図書委員長に熱烈な視線を注いでいるのを。

 二人で本棚の奥に行ったから……わかるでしょ?

 ウフフフフ。

 4月が楽しみじゃない?



『血と権力は人を酔わすものである。粗暴な傾向と淫蕩が増大する結果、ついには、最も変態的な現象さえも、知性と感情が認めるところとなり、やがてそれが甘美なものにさえ思えてくるのである』

 死の家の記憶。



 二人は本を探しに行っただけだと思う。

 そうだよね。

 違ったらどうしよう。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ