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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年3月

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2016.3.7 研究所


 これが娘ね。

 今年小学校に入るんだけどかわいいんだこれが!!


 テーブルについたとたん娘の写真を自慢し始めたのは、もちろん自他共に認めるリア充、槙田利数である。『休みとれちゃったから遊びに来ちゃった』そうだ。メガネが似合う顔は前よりも太って丸みを帯びていたが、全身から幸せオーラを放っている。

 久方は写真を見て引きつった笑いを浮かべ、後ろのソファーにいる助手はテレビを見るふりをしながら苦笑いしていた。


 奥さんも一緒に来たがってたんだけどさあ、授業はさすがにサボれないじゃない?講師が。


来なくてよかったと久方は思った。友人はありがたいが、あの奥さんは苦手だ。自分の顔を見た瞬間にうっとりした危険な目で『かわいい~!!』と叫び始め、あからさまに子ども扱いして頭を撫でたり抱き着いたりして可愛がろうとするからだ(久方にとってはただのセクハラである)しかも人の居場所まで勝手に教えて……。

 久方は目を閉じて頭を振った。悪い記憶を振り払うためだったのだが、それは娘がイヤイヤするしぐさと同じように見え、槙田の心に深い憐みを巻き起こし、スマホの写真を引っ込めさせた。


 せめてこいつの見た目が17歳以上だったら、

 俺と同じように幸せになれたのになあ。


 言うまでもなく槙田は高慢だ。人は自分のように幸せになるべきだといつも考えている。悪気はないが腹が立つ友人である。

 食べるものを取ってくると言って、久方は廊下に走っていった。その様子はやはり子供にしか見えない。


 本人を知ってる人が来てよかったっすよ。


 助手がソファーから顔を覗かせ、いつもとは違う穏やかな声で槙田に話しかけた。


 こないだもあいつの知り合いって男が来たんですけど、あいつは俺のほうを不安げに見るんです。『この人誰?』って顔して。俺に聞かれたってわかるわけないだろって!


 槙田は『ははっ』と笑い、慌てて真面目な顔になって咳払いをした。笑いごとで済む話ではないことを知っているからだ。別人のほうと仲良くしていた奴が来たに違いない。久方にとっては見知らぬ他人だ。宇宙人の襲来並みの衝撃だろう。


 今だって助手がここで暇を持て余してサボってんだから、食いもん取ってこいって言えばいいものを、ビクビクしてっから自分で行っちゃうし。


 槙田は思い出していた。

 初めて久方と会ったのは留学先のドイツだが、既にその時から久方は不安げな態度だった。『札幌から来た』と自己紹介した瞬間に震えだしたので何かと思ったが、本人は大丈夫だと言うだけだった。次に会ったときは陽気な他人だったが、インテリを気取る槙田とは非常に相性が悪く、つかみ合いの喧嘩をした末に怯えた顔の本人が戻ってきて、そこで初めて事情を聞いたのだった。本当に何が起きているか理解するまでには、さらに半年かかったが。


 なんていうかなあ。『一人にしないで!』っていう叫びが聞こえるんだよなあ。見てるだけで。水曜どうでしょうのジャングルリベンジの藤村みたいにさあ。洞窟の。暗闇に置いて行かれそうになってる。なんていうか、社会に出て規格化される以前の根本的な人格形成につまづいている感じがしない?原始的な恐怖心が残っているというかさあ。


 槙田がつぶやくと、助手も激しく同意した。


 そうそう!!いっつもそうなんですよ!なのに本人は一人で何の問題もなく生きているつもりなんだからもう……。問題だらけだろって!


 久方がポット君と一緒に戻ってきた。助手は慌ててソファーに顔を引っ込めた。まだまだ話し足りなさそうだなと、槙田は思った。

 ポット君はいつも通りの笑顔を表示しながら、コーヒーをテーブルに置いた。


 おっ!これがぽっつーのプロトタイプか!


 槙田はポット君を好奇心いっぱいに観察し始めた。しかし、内心では腹を立てていた。


 岩保のやつ、なんて残酷なんだ。

 こんなゆるキャラみたいなロボットが隣にいたら、

 久方がますますガキっぽく見えるじゃないか!!


 久方はポット君に興味津々なリア充を見て、密かに安心していた。

 これでしばらく家族自慢から話を逸らすことができる……。


 話したいだけ話して、槙田は『奥さんとファクトリーで合流するから』と、出された菓子に手をつけずに帰っていった。助手に名刺を渡して、何かあったら連絡しろと言うのを、久方は見た。心配してくれているのはわかるが、何かが不満だ。

 物思いに沈んでいると、助手が声をかけてきた。


 何を落ち込んでんだ。

 お前は一人で外を歩いてるほうが似合うって。

 ああいうのは不自由で結構大変だったりするぞ。


 別に落ち込んでない。久方はそれだけ答えて、また窓の外に目を向けた。実際、槙田のような生活は、自分とは全く別世界の話に見える。


 サキ君、本当に来るかなあ。


 久方が例の質問を発すると、助手は無言で姿を消した。同じ質問の繰り返しにうんざりしているのだろう。でも、何回答えを聞いても確信が持てず、安心もできない。人の行動は、どんなに強く願っても変えようがない。来るかどうかわからない友人、家族の話ばかりするリア充、いつ乗っ取りをかけてくるかわからない別人に、居場所を知りながら尋ねても来ず、メールの返信すらしないあの人……。




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