2016.3.5 研究所
ねえ。
あれは助手って言ってね、
ものすごく悪い奴なんだよ。
君の前の飼い主とは違うんだ。
ソファーで丸まっているかま猫に向かって、くそガキ……いや、『所長』がぶつぶつとつぶやき続けている。その姿はどこから見ても、飼い猫に夢中な子供だ。
こういうCMありそうだなあ。
助手はテレビを見るために降りてきたのだが、ソファーに黒い細菌の塊がいるので近づけず、中央のテーブルから殺意、いや、優しい視線を注いでいた。
もうすぐサキ君が来るからね。
君の名付け親だからね。
仲良くするんだよ。
サキ君がいるときには蜘蛛を捕まえないでね。
見せたかったら助手のところへ行くんだよ。
わかった?
かま猫はミャーオと鳴いた。
わかったというよりは『めんどくせー』と呆れているように聞こえる。
『サキ君』だったのか。そいつをオカマ呼ばわりしたのは。
助手がわざとそう言うと、久方はキッときつい顔で助手を睨んだ。
オカマじゃない!
釜の中に住んでいる猫だからかま猫なの!
そういう小説なんだよ。
どうしていちいち変な想像するのかなあ。
久方はかま猫に向きなおり、
ね、あの助手邪悪でしょ?
今君をバカにしたんだよ?
と、またブツブツ言い始めた。
飼っているわけでもないのに、迷い込んできたくらいでベタベタしすぎだ。
そのうちウザがられるに決まってる。『サキ君』だってそうだろう。一体あの女装した久方みたいなガキの何がいいのか。五月に嫌われて五月病になるだろうと助手は予想し始めた。いらいらしながら時計を見ると、目当ての番組はもう終わりかけている時間だ。
二階に戻ってピアノを弾くことにした。
しかし、
また騒音を出す気だな?
かま猫、邪魔してあげなよ。
久方はかま猫を抱えて助手に近づいた。助手は走って二階に逃げていった。かま猫は久方の腕をするっと抜けて、助手の後を追いかけていった。遊んでくれると勘違いしたのかもしれない。猫は大きな音が苦手だと思っていたが、なぜかピアノと助手の悲鳴は平気らしい。
前の持ち主も、ピアノを弾きながら、
奇声を上げる人だったのかなあ。
変人の町ならありうる話だと思いながらぼんやりしていると、ポット君が困った顔で走ってきた。後ろからかま猫が嬉しそうについてきた。
一台と一匹は部屋の中を壁に沿って回り始めた。
追いかけっこのターゲットが変わったらしい。天井からは邪悪なピアノが聞こえてきた。なぜか子犬のワルツだ。猫なのに。
なんか変なことになったなあ。
久方は困惑していたが、助手よりはポット君のほうが猫の相手が上手いことに気がついた。これはポット君が自分に似ているからに違いない。そう勝手に決めつけて、かま猫に遊んでもらえない自分を納得させることにした。




