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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年3月

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2016.3.4 サキの日記


 うちのおバカ:新橋五月には、座右の銘がたくさんある。そのほとんどはその場かぎりのデタラメで、あとで聞いても覚えていない。一つだけ聞いても長々と数十分は喋り続けて迷惑なのに、その長いのはさらに、全部ないと意味をなさない文章になっているから、省略も抜き書きも難しい。



 人間てのは9割がた自分のことしか考えてない生きもんだよ。それをさあ、市井の創作物は、他人を思う心だけを五割にも十割にも割増して見せている。じゃなきゃ話が美しくないからね。でも、現実に五割以上他人のことを考えてたら、俺はそいつのほうが病的だと思うね。昔の女たちはそういう意味で悲惨だったろうな。現実には一割しかできない人間なのに、夫や子供に自分の9割、いや、ほとんどすべてを使うことを要求されてたんだからね。昔の嫁姑の話なんか読んだら、わかるよな、人格歪むって。負担なんだよな。今の女たちは逆にさあ、男に『いつも常に100パーセント私のことを考えて!』みたいな話多いなあ。未成年向けの恋愛映画くらいだよ、そんなのは。実際やってみなよ、100%逃げられるって。



 奴がいかに人のことを考えず、好き勝手に生きているかがよくわかる話。


 先日、奴はお笑いで妙子の物真似をし、

 本人に復讐された。

 後ろからわざとらしいスモークとともに本人が現れ、悲鳴をあげて逃げ回る奴を捕まえて床に押し倒してボコボコ殴りの刑に処した。


 舞台は大いに盛り上がったが、私は母を見ながら思った。


 あれは、マジで殺す気だ。


 うちではやっぱり、妙子ではなく、40代の娘とバカのケンカが勃発。バカは単に、おもしろいからやっただけ、でも、母には自分の演技をバカにされたようなものだった。


 母の演技をバカにしてはいけない。

 ほかにできることが全くないので、本人のプライドをいたく傷つけてしまうから。


 付き合いきれないので、私は今カフェでこれを書いている。閉店まであと1時間だ。おさまってなかったら、未成年だからカントクかリカちゃんに電話する。


 怒鳴り声が嫌い。

 どうしても同じ空間にいたくない。


 誰か私のこともちょっとは考えてって感じだ。

 夜中に外を歩いて、

 変な男に引っかかる子を、

 みんな他人事のように笑うけど、

 家に居場所がなかったら、

 街をうろつく以外にどうしろと?


 9割自己中人間ばかりがまわりにいたら、

 一体どうやって、

 どこで、

 私たちは、安らげるというのだろう。




 カフェで、一人で本読むのが、一番平和だ。


 サガンの『草の中のピアノ』を読んでいた。本の選択を間違えた気がするけど、読んじゃった。40代の男女がピクニックして、若い頃の日記を取り出し『もう一度二十歳になるのはいかが』と、昔と同じことをしようとする。

 でも、もう若い頃とは違うと、気づいてしまう。


 今、四十代どころか、八十や九十の人も似たようなことをしてるような気がする。

 若い頃が一番いい。

 若い人と同じようにできるのがいい。


 私たちが頼る大人は、どこに行ったのか?

 ちゃんと大人として生きている人には、どこに行ったら会えるのか。

 たぶん、FacebookとかTwitterではない。

 学校も家も怪しい。

 そもそも、大人なんてのが幻想で、存在していないんだろうか。

 ただ、年老いた人がいるだけで。



 解説まで読んで考え込んでたら、閉店時間になった。

 家に帰ったら、誰もいなかった。真っ暗で、スマホにも特に連絡はないし、テーブルにもメモや付箋はない。たぶん二人でどこかに出掛けてしまったか、仲たがいして別々にどっか行ったんだろう。


 私はまたコーヒーをいれて、暗闇に漂う香りに包まれながら考えていた。



 私って何なの?




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