2016.2.26 研究所
サキ君、本当に来るかなあ。
久方は窓の外を遠い目で眺めながら、同じ決まり文句を繰り返している。一度つかみかかってやめろと脅したのに、同じつぶやきがやめられないようだ。きっと久方の人生には、他に希望が残されていないのだろう。
助手は『まあ、来るでしょ』といいかげんに受け流しながら、内心こう思っていた。
来たら来たで、とんでもない女だってことに気づくか、久方がただのクソガキだってことに気づかれてモメるだけなんじゃないかなあ。そういえば昔、似た顔のとんでもない女が狸小路をうろついてたな……。
ついでに昔の女まで思い出し、助手は顔をしかめた。
それぞれに種類の違う物思いに沈んでいたとき、それはやってきた。
ねー所長昨日うちに会ったよねー!?
窓から女子高生、いや、佐加美月の襲来だった。久方は驚きと恐怖で後ろに勢いよく飛び退いた。
逃げようとしたら助手に掴まれた。
話くらい聞いてやれって。
佐加は特に気にせずに話し始めた。
おっさんがさー、自分の後ろには常に所長がいるって言ってたんだよね。
だから聞きたかったんだけどさー、昨日ヨギナミの家に来たの覚えてね?
久方は声を出せず、ただただ必死で首を横に振っていた。なにも覚えていなかったのと、一刻も早くこの話題から逃げたかったから。
えー?
沖縄の話とか覚えてね?
僕に関係ない!!と久方は叫んでいた。
ただし、心の中で。
現実には、声が出ず、全身が震え始めていた。
あっそ。
所長もたまにはヨギナミん家遊びに行きなよ。
今ヨギママいないしさー。
何してたか思い出せなくても聞けばわかるじゃん……あっ!!
所長!!なしたの!?また!?
限界を察知した助手が手を緩めたとたん、久方は走って逃げていった。
で?
『おっさん』はおまえと一緒になにをしてたって?
今度は助手が尋ねる番だ。佐加は『教えてあげるからなんかお菓子ちょーだい、ヨギナミの分も』と悪巧みの顔で笑い、助手は苦笑いしながら『中入って待ってろ』と言い食糧庫へ向かった。マフィンを多めに買っておいてよかったと思いながら。




