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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2015年9月

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2015.9.21 サキの日記


 劇団の練習場所にお邪魔させてもらった。ちょうど、新井カントクが誰かにオカマ口調で怒鳴っているところだった。私を見ると急に笑顔になって手招き。

 カントクはなぜゲイでもないのにオカマ口調なの?と、お決まりの質問をすると、カントクもいつも通りの答えを発した。



 このほうが人に指図しやすいからヨ!



 私は秋倉の某オタクを思い出していた。同じような口調だったから。


 まだ新しい演目が決まっていないらしい。団員が思いついた場面を試しに実演していた。例えば……。



 男が鏡に向かっている(正確には、同じ服のもう一人がフレームの向こうに立っている)

 しばらくは鏡に映った自分も同じ動きをしているが、突然、まったく違う行動を取り始める……バカにするように舌を出しておどけたり馬鹿げた顔つきで跳ね回ったりするのだ。

 怒った男は鏡に向かって怒鳴り始めるが、鏡に映った自分は言うことを聞かず、ますます下品な振る舞いをする。

 キレた男が鏡を叩き割ろうとしたとき、後ろから女が現れ、

『自分をいじめるのはもう止したら?』

 と言う。



 カントクは『最後に出てくる女が安易すぎる』と文句を言った。男の内面、建前と本音をどう描くか、皆が熱心にアイディアを出しあう中、私は男と鏡の中の人物を演じた二人が、全く似ていないことに気がついた。体型も顔もまるで違っていた。なのに、さっきは全く同じ人に見えた。不思議だ。



 お前ら俺の思い出話をパクったんじゃねえのか。

 いつのまにか現れたうちのバカが、二人にすねた顔を向けた。回りがクスクス笑いだした。

 俺は高校の時に、部室の鏡に亡霊が映ってんのを見て、蹴り割ったんだよ。こないだ飲みに行ったときに俺はこの二人にその話をしたんだよ。

 若手二人は『関係ないっすよ』と笑っていた。

 バカは『もうけたら印税もらうぞ』とか言い出し、

『こんなわかりやすい場面一つで儲かるわけないでしョ。あんたもなんか考えなさいヨ』

 とカントクに怒られていた。



 所長に今日起きたことをメールで送ろうと思ったら、バカが焼き鳥食おう、新橋の一族は新橋のサラリーマンらしく飲みに行くのが家風だからと、お得意のデタラメを言い出した。いつものことだけど。

 新橋五月よ、お前の出身は東京ではなく札幌だ。

 会社員ぶっていつもスーツを着ているが、サラリーマンの経験は全くなかろう。

 なぜ私がこんなことを厳粛に、親に向かって宣言せにゃならんのだ。回りはゲラゲラ笑っていたが、私の言動はこういうバカで楽しいおじさんたちのせいで、どんどん女子高生らしくなくなっていく。


 帰って所長にメールした頃には、日付が変わっていた。

 所長はきっと、人もめったに通らないあの町で、静かに眠っているはずだ。


 それとも、所長も眠れないことがあるのだろうか。


 さっきまで騒がしい店の中にいて、酔っぱらいのバカ話に呆れていたのに。

 自分ひとりで、暗い部屋に横たわっていると、全てが夢だったような気がしてくる。

 学校のことも、母のことも、つい先月行ったばかりの秋倉のことも。

 全部夢なのではないか。

 何も起こらなかったのではないか。

 誰も存在していないのではないか。






 私は今日、眠れないと思う。




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