2015.2.15 研究所
朝6時。
雷のようなドーンという音で、久方は目覚めた。なんだろうと思ったら、
いんてーらーぱーっくす♪
ちきゅうにーあいをー♪
ぼくらにーゆめをォー♪
助手の音痴な歌声が始まった。地球を狂った音程で破壊したいに違いない。
久方はベッドから飛び出すと、着替えを持って廊下に飛び出し、全力疾走で一階に逃げた。
だーいーちにゆーめェーをォー♪
音痴の歌は一階にも聞こえる。
何が夢だ何が!!
久方は着替えながら文句を言った。頭の中で。これがなんの曲かは知らないが、正しい音程であるはずがない。昨日チョコレートを食べ過ぎたせいでシュガーハイになっているのだろうか。いや、助手の迷惑はいつものことだ。伴奏は完璧に弾いているくせに、歌声がコードに合っていないことになぜ気づかないのか。久方は歌は知らないが、ギターのコードはわかる。高谷修二に憧れてギターを練習したことがあった。手の大きさが合わなくて弾きにくく、結局身につかなかったが。
バカが本人を知ってまスよ。偶然見かけたときに一方的につきまとって、連絡先を無理矢理奪い取ったぞと、迷惑行為を誇らしげに自慢してまシタ。バカなファンを持つと本当に困りまスね。
所長に会ったことがあるか、修二に直接聞いてもらいまスか?
早紀がそう言っていたのを急に思い出した。
昔、高谷修二に会った。
路上ライブを見た。
ギターを触らせてくれた。
どこかへ行ったはずだ。
夢に出てきた女の子と一緒に。
久方ははっきり覚えている。
覚えているつもりだった。
早紀にそう言われるまでは。
もしあれがただの夢、気のせいだったら……。
ますます自分の記憶が信用できなくなってしまう。久方はそれを確認するのが怖かった。
ポット君がコーヒーと一緒に、早紀から届いたチョコポット君の箱を、トレーに乗せて持ってきた。顔にショボーンを表示しながら。
どうしたの……あー!
半円のホワイトチョコが、見事に四等分されていた。機械で切り分けたかのように正確に、食べやすい大きさに割られ、ひとかけら分は既に食べられて空白になっていた。目、口、アンテナの飾りまで、無惨に剥ぎ取られている。
ひどいねえ。
この正確さは助手の仕業だねえ。
思わず呟くと、ショボーンが怒りの顔に変化した。
仕返ししておいで。
久方は悲しげな顔で言い、怒れるポット君が走り去るのを確認してから、チョコをひとかけら口に入れてニヤニヤと笑った。
間もなく天井から、助手の叫び声と、何かが走り回る音が聞こえ始めた。
賑やかな朝も悪くないなあ。
久方は一人でのんびりとくつろぎながら、今朝のバカバカしい出来事の報告を早紀にメールで送ろうかと思ったが、やめた。昨日夜遅くに話したときはかなり落ち込んでいたし、せっかく送ったチョコレートに起きたことを知ったら、怒るかもしれない。
早く秋倉に来てくれれば、一緒に外を歩けるのに。
きっと気も紛れるだろう。
久方はそう考えながら外を見た。あいにく天気はこれから荒れそうだ。空は雲で白い。これから雪が降って風も強くなるだろう。
天井からは『やめろ!楽譜を投げるんじゃない!それは高いんだぞ!』という叫びと、何か大きなものが倒れる音がした。悲鳴と、何かが走り回る音。
天候は荒れるが、室内ではみんな元気。
地球は今日も平和だ。




