2016.2.12 ヨギナミの家
カタン。
何かが落ちる音で、ヨギナミは目が覚めた。よろけながら玄関に向かうと、新聞受けから柿ピーの小さな袋とチョコレート、手帳を破ったような紙が一枚出てきた。新聞はまだ来ていないようだ。拾って部屋に戻ると、時計は4時半。
パチンコで奈良崎って親父に聞いた。
あさみと保坂は温泉にいるって。
心配するな。
パチンコ……。
ヨギナミは眉をひそめた。佐加が教えたに違いない。ゲーセンもパチンコも、友達には行ってほしくない場所だ。いいイメージが全くない。でも、それは自分がとやかく言うことではないし、佐加は人の説教など一切聞かない。
ヨギナミはしばらくメモを見ながら考え込んでいた。あのおっさんは、自分にこれを知らせてどうするつもりなのだろう?母がどこに行ったか気になっていたのに、知ったら知ったで不快だった。心配する気にならない。子供を置いて何日も帰らずに、なにが気晴らしだ、なにが病気にいい温泉だ。ヨギナミは温泉どころか、親にどこかに連れていってもらったことすらないというのに。佐加の両親やスギママ、平岸夫妻とならあるが。自分の親だけが、駄目なのだ。なぜだろう?
もっかい寝よう。
朝ごはんはこれでいいや……。
柿ピーとチョコを枕元に置いた。炊飯器をここ数日使っていない。ひとり分なら小鍋で15分と蒸らし時間で炊ける。しかし、母親がいなくなってからヨギナミは家事をかなり手抜きしていた。昨日の夕飯はコンビニに買いに行き、フライドチキンを久しぶりに食べた。横溝店長にも珍しがられ『お母さんが出かけてるから今日は好きなものを食べるの』と楽しく答えたら、なぜかダブルラーメンをおまけしてくれた。麺がふたつ。一人で全部食べた。どうせ母はインスタントが嫌いだ。自分は何も作れないくせに要求だけは厳しい。ラーメンは健康に良くないと言ってもごねて、西山か菊水の生麺でなければ嫌だという。ヨギナミは、そんなのどうでもいいから自分で茹でてくれと、いつも思っていた。口には出さなかったけど。
楽だなあ、手抜き。
ヨギナミは、本気で思っていた。もうあの二人が帰ってこなければいいのにと。
母はまだ眠っているだろう。もしかして、体調を崩してあの男が慌てているかもしれない。いい気味だ。いつも私が看護して大変なんだから、今日くらい同じ目に会えばいい。
ヨギナミは、すっかり自分のものにした母のベッドで、再び寝てしまった。ずっと何もかもやり通しだったせいで、母がいないここ数日、たまっていた疲れが一気にのしかかって来たような気がした。この休息の機会を逃すわけにはいかない。




