2016.2.9 ヨギナミの家
ヨギナミは一人、ぽつんと、暗い家の中に座っていた。母はいない。日曜に急にやってきたあの男の車に乗ってどこかへ行き、帰らない。学校では保坂が、親父が帰ってこないと話しているのが聞こえた。平岸あかねは常にニヤニヤしている。
今日の昼頃『旅行を楽しんでいるから心配しないで』と初めて電話が来たが、娘のことは一言も聞かずにすぐ切れた。
良く似た二人だ。
自分のことしか考えていない。
バイトから帰ったら戻っているのではと期待したが、真っ暗だ。
もう帰って来なければいいのに。
ヨギナミは本気でそう思っていた。なぜ自分だけこんなに苦労したり、我慢したりしなければならないのだろう?好きでこういう風に生まれてきたわけではない。悪いことだってしていない。存在そのものを悪のように言う町の奥様方は、一体自分にどうしろと言うのか?母はなぜあんな愚かな男から離れようとしないのか。なぜあんなのが自分の親なのか。
窓の外から足音がした。車ではない。つまりヨギナミの嫌いな二人ではない。
電気をつけて外を見ると、
悪いな。起こしたか?
例の小さなおじさんだった。ヨギナミは玄関に行き、ドアを開けようとして一瞬迷った。夜中に、自分しかいない家に男を入れて大丈夫なのか。
ヨギナミは中に戻ってコートとマフラーを慌てて着ると、自分が外に出てみた。何かされても外なら逃げられる。たぶん何もしてこないとは思うけど。
母は知り合いと旅行中と言うと、
保坂だな?
そう言って嫌な顔をした。なぜかお見通しのようだ。
おまえ一人で平気なの?
ヨギナミは、
いつもなにもかも自分でやってるから一人みたいなもんでしょ。
と答え、自分の声の不機嫌さに驚いていた。こんな話し方をする自分ではないはずだが。
ま、そーかもな。
特に言い返さず、おっさんは来た道を帰ろうとした。軽く震えているように見えた。
ヨギナミは慌てた。あっさり帰ろうとするとは思っていなかったから。
家で少し暖まってから帰ったら?
声をかけると、おっさんは立ち止まったが。
気持ちは嬉しいけど、俺の気が咎める。
あさみにあとで文句言われたくねえし。
振り返らずそう言って、落ち込んだ感じで去っていった。
お母さんを呼び捨てに……。
ヨギナミは呆れていたが、本当に気になるのはそこではなかった。家に戻り、電気を消し、いつもは母が独占しているベッドに潜った。明日シーツを洗ったほうがいいかもしれない。
でも、なんで私がそんなことしなきゃいけないの?
毛布の中で疑問が渦巻く。
おっさん、何しに来たんだろう?
やっぱりお母さんが目当て?
本当に幽霊なの?
二人はどこにいるんだろう?
なんで大人のやることって、こんなに意味不明なの?




