2016.2.6 研究所
所長ってさー、4月に来る子好きなの?
遠慮を知らない佐加美月が、いきなり窓辺に現れて叫んだ。久方がうろたえたのは言うまでもない。カウンター席から飛び退き、後ろのテーブルにぶつかった。なんの話かと思ったら、
おっさんに聞いたんだけどさー、
その子東京だからファッション……所長!!
なしたのさ!?ねー!?
『所長』はすさまじい早さで、廊下に飛び出して行った。
佐加は、未だに重大なことに気づいていなかった。久方に『おっさん』の話は絶対にしてはいけなかったのだ。
面倒なことしてくれたなあ。
入れかわりで助手がやってきた。久方に別人の話はだめだと注意し、話したがる佐加から事情を聞き取り、言いふらさないように頼んだ。特に『サキ君』本人には絶対言わないようにと。
いいよ別に。
噂になってクラスで気まずくなったらやだし。
言いふらしたほうがうまくいく奴もいるけどさー、
所長絶対そういうタイプじゃないよねー。
佐加は意外と聞き分けがいいようだ。話が終わると『また来るねー!』と陽気に手をふって走って行った。
窓から女子高生。天国じゃないか。顔はあまりかわいくないし行動も変だけど。久方は別人に気をとられて、こんな恵みに気づきもしないんだなあ。
あいかわらず見当違いなことを考えながら、助手は2階へ行き、久方の部屋のドアに鍵がかかっているのを確認した。まただ。
いいかげん玄関にも鍵かける気になったか?
冗談めかして声をかけたが、返事がない。プライベートなことを勝手に言いふらされてかなりショックだったのだろう。いくら助手が無神経でもそれくらいはわかる。
こないだのサキ君とかいうのが来たらどうなるかなあ。なんか大変そうだな。
助手は面倒な予感に眉をひそめながら、自分の部屋のピアノに向かった。隣で立てこもっている『所長』を、名演奏で叩き出すために。




