2016.2.4 サキの日記
さっき、変わった来客があったんだ。『ここに病院はありませんでしたか』って聞かれた。だいぶ前に廃業して今は個人が住んでますって言ったらびっくりしてたよ。白髪のおじいさんでね、30年くらい前にここでがんの治療を受けてたけど、都合で別な町に引っ越して、なんとか今も生きてます。まさか病院が先になくなるとは思わなんだって。今は群馬にいらっしゃるそうだから、サキくん近いんじゃない。
私は悟った。
所長は関東の地理を知らないと。
東京の上にある県はなんですか?と聞いてみたら、真面目に悩んで地図を探し始めた。スマホで検索しなさいと言ったら、後ろで神奈川じゃないって言ってる間違いな人(たぶん助手)がいた。そのあとすぐ、ポット君が助手とケンカしたとかで通話が切れた。ポット君が一番正解(埼玉)を知ってそう。
所長って本当に、
空とか景色以外、何にも興味なさそう。
それか、昔の映画とか。
リオ(あの、いっつも違うパパつきの美女)がうちに遊びに来た。私に会いにというよりは、母の部屋見たさだと思う。妙子も見ちゃったが『そんなに気味悪くないよ。もっとすごい奥様に会ったことあるよ』と修羅場の予感な発言が。エスティローダーのグロスをいきなりプレゼントされた。少しは化粧しろと言いたいらしい。そんなものもらわなくてもグロスも他のコスメもカオス部屋の床にある。衝動買いしたまま使ってないだけで。
リオは、母のクローゼット部屋を一通り見物してから、私のカオス部屋を覗きこんでクスッと笑い、ハートブロークンな毛玉を手にとって、何これ?と聞いてきた。こないだの体験の話をしたら、針と糸貸してって言われたから渡したら、毛玉に糸を通して、吊るして飾れるようにしてくれた。
バレンタイン近いし、トリュフ作ろうよ?あ、そうだ!去年料理教室で生チョコの作り方習ったんだけど、ここで作らない?あれって生クリームをけっこう使うの。あとはラム酒とバターが……。
絶世の美女がチョコ作りを説明し始め、私はグッタリ。なんで私以外の女子はみんな手作りが好きなんだろう?女の子は手作りすべきって法律でもあるんだろうか。私はそんなの絶対守れません。
生チョコは専門店で買うもの!!
リオには渡す人いないから作らなくていいと言ったのに、
お父さんとか、田舎のゲイの二人とかがいるじゃない。
と言われて慌てた。リオの頭には、誤って平岸あかねの妄想が定着しちゃってた。所長はゲイじゃないと訂正し、あかねの妄想パターンを説明したら、あからさまにがっかりされた。ついでにポット君の写真を見せたら『ポット君の形したチョコ作ろうよ』はいはい、どうしても作りたいのね。でも私は嫌だと言い張り、リオは『じゃあ私が作ってきてあげる』もう断れなかった。冗談かと思ったら、
早めに発送したほうがいいから、10日にはできてたほうがいいよね。
何時に待ち合わせする?
めっちゃ具体的に計画されてた。
とりあえずリオのしたいようにさせとくことで、私の自作『手作りなハートブロークン』は回避した。
リオはいつも通りキラキラした何かをあたりにふりまきながら、夕方に帰った。これからどんな人と何をして過ごすのか、私には想像もできない。
まさかこの世に生チョコを自宅で作る人間がいたとは。
リオが私と遊んでくれるのは、
あまりにも何もかもが、正反対だからだと思う。
たぶん、普段華やかな世界にいると、
カオスなまでに散らかった、本だらけの暗い部屋が、
珍しく新鮮に見えるんだろう。




